麻雀魍魎紀 EP.1「雀荘で起きた悪質な盗難事件」

登場人物
わたし:雀荘によくいる人。弱い。
店長 :いつも明るいが、時折瞳の奥に隠し切れない闇が見える。
中本 :腕をよく組んでいて、その姿が蒙古タンメン中本の看板にいる人っぽいメンバー。陽気。
五頭身:アニポケのマーマネのパパみたいな体格をしているメンバー。会社勤めの傍らメンバーをしていたら「副業を辞めろ」と会社に怒られ、「はい、辞めます」と言って会社を辞めた。
選手 :うっかりが目立つメンバー。代走の時だけ堀慎吾くらい強くなるが、本走になると負け続けてしまう。なぜ選手と呼ばれているかは知らない。
ゴッドハンド:三人麻雀の時、誰も座っていない場所にせりあがってくる牌山を前に押し出してくれる優しいロボット。その姿はベイマックスさながら。

 わたしは負けていた。とにかく負けていた。トップが取れないまま四度目の半荘に突入し、アモスアルティマの牌操作をそろそろ疑いたくなる時分であった。花牌を抜いて王牌へと手を伸ばした時、突如として五頭身が神妙な面持ちでカウンターからやってきた。
 卓には店長と中本とゴッドハンドが座っている。五頭身は店長の元に忍び寄り、耳元で何やらささやいた。すると、みるみるうちに店長の顔が曇りはじめ、「え、俺は知らないよ。わからないな」と重々しい口調が卓上に響いた。
 戦慄が走った。中本とわたしは互いに不穏を感じ取っており、牌を切る手にも些かの緊張があることに気づきあっていた。五頭身は首を傾げ再びカウンターに戻った。
 何か、重大なインシデントがこの雀荘で起きている。
 これは明らかな事実であった。私の河へ置かれた金五索にロンの声がかかったのは、このせいに間違いないのだった。
 直後、奥で四麻を打っている卓から、選手の「ごめーん!」という声が響いた。その声の先には五頭身がいる。五頭身は少し困ったような表情で、選手を見かえしている。五頭身は再びこちらの卓へ来ると、店長にことの顛末を報告しているようであった。
「いったい何が起きたのですか」
 わたしは店長に尋ねた。もしかしたら答えは返ってこないかもしれない。雀荘では金銭関係のトラブルが多く、ほかにもいろいろなことで問題が起きやすい環境である。それだけ重大な問題の可能性も高かった。しかし店長は意外にも、あっさりとこう答えた。










「選手が、五頭身のパンケーキを、食べちゃった!」

 それは選手がよく食べているセブンのパンケーキだった。もちふわだった。それを今日に限っては五頭身が買ってきていたのだ。それを見た選手は、「あ、いつも食べているパンケーキがあるぞ。うーん、食べちゃお!」と、食べてしまったのだ。
「しかし、普通間違えますかね」
 わたしがそういうと、店長は「でも、選手だからねえ」と言った。わたしが「確かに」と返すと、また遠くで「ごめんなさーい」という選手の声が聞こえてきた。
 これが悪質なるパンケーキ盗難事件の真相である。店長も五頭身に「俺に最初に聞くって、疑ってんの?」などと関係性が壊れる危険性を孕んでいる、非常にセンシティブな問題である。しかし店長は寛大な心で五頭身を許し、五頭身もまた選手を許したようであった。張り詰めた空気がほどけ、瞬間、平和(へいわ、ピンフではない)の萌芽たる弛緩した雰囲気が店内に広がった。
 しかし、まだ半荘も事件も終わってはいなかった。すっかり緊張の解けた私がうっかりと河に置いた金五筒にロンの声がかかったのは、この事件のせいに違いないのである。