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杉津を襲った120年に一度の大水害

はじめに

今日、これから書こうとしているのは、読んでくださる皆さんへのお願いだ。
私の大好きな福井県敦賀市の杉津の海が、土石流で壊滅的な被害を受けた。
生き物が多く棲む、波の穏やかな、水のきれいな海だった。
海中の生態系の復旧は、自然に任せるしかないし、岩や樹木の撤去は行政にお願いするしかないだろう。
けれど、子どものころから海で育ち、毎日そこで働く人にとって、大好きなふるさとの景色と、生き甲斐が奪われたことについては、なにか手伝えることがありそうな気がしている。
少し長くなってしまうが、最後まで読んでみてほしい。
杉津は小さな集落で、何かあるとみんなで助け合ってきた。
きっとこれからも同じように、みんなで立ち上がって歩き出すのだろう。
でも、今は「海を見ると涙が出る」と肩を震わせて語る人が多い。
海を産湯にしてきたような人たちなのだ。
よそ者の私にはわからないくらい、深い悲しみがあるのだと思う。

2022年8月6日(土)に見たもの

敦賀から北へ向かう、北陸の幹線道路「国道8号線」は、この季節、車の列が途切れることがない。
海へ山へとレジャーに向かう車が多く、海沿いの景色の気持ちよさと、信号の少なさも手伝って、みんな陽気に飛ばしている。
ところが今日、8号線を北上した時には、対向車も後続車もほとんどいなかった。
理由は、8月5日に北陸一帯を襲った線状降水帯により、国道8号線が土砂崩れに見舞われて、南越前町より先が通行不能になっていたからだ。

ニュースを見た人たちは、正しく迂回路を往き、地元の人だけが8号線を通行していた。

私は、そんな中、敦賀市の杉津海水浴場に向かってバイクを走らせていた。
ウミウシの写真を撮りによく通った海が、壊滅的な被害を受けたというのである。
その様子を実際に見に行き、できれば、海のおじさんたちに「何かできることはないだろうか」と訊くつもりでいた。

私が、杉津で仲良くしていただいているのは、かつて「かずや」「あさひや」という民宿を営んでいらした、2人のおじさんたちだ。
お二人とも70過ぎているとは思えないくらい元気で、この猛暑の中でも毎日、海や浜に出て何かしら作業されている。
「あさひや」さんは、「かずや」さんより一つ年上で、とても面倒見がいい地域の顔役だ。
「かずや」さんは、いつまでもやんちゃな少年のような人で、「あさひや」さんを慕って「兄貴」と呼んでいる。

私が「海のおじさん」と呼んでいるのは、もっぱら「かずや」さんの方である。
「かずや」さんは、浜辺で釣り客のための貸しボート屋を営んでおられ、夏にはさらに、海水浴客のためにシャワーを設置してくれたり、日陰の休憩所を提供してくれたりしている。

先日、ウミウシの写真を撮りに行った時には、お手製シャワースペースが完成しており、早速、使わせていただいてきた。
しょぼい海の家によくある水圧の低いシャワーと違って、めちゃくちゃ勢いよく水が出る。最高に気持ちよかった。

バイクが杉津に近づく。
「砂浜が削られた」と聞いていたのだが、遠目には、砂浜は広がっているように見える。どういうことだろう?

駐車場にバイクを停め、いつもの階段を下りていくと、不思議な光景が見えた。
階段の下、右手の建物が「かずや」さんの管理小屋、左手のブルーシートの屋根が休憩所だ。どちらも、波打ち際まで15mくらい離れていたはずなのに、海と小屋を隔てるように、手前に茶色い水が見える。

近づいてみて驚いた。
空はいつものように青く、岡崎山も変わらぬ緑を見せてくれているのに、ビーチの風景だけが違う。
なぜこんなところに川が?

「かずや」さんの小屋は、軒を支えていた柱が2本とも周りの砂をえぐり取られて、中空にぶらぶらと浮いている。
あと少しで、小屋本体の柱も危なそうだ。
昨夜の電話で「かずや」さんが
「小屋の前が崖になっとる」
と言っていたのはこれのことだったのか。

小屋の前が濁流になってしまった理由を見つけようと少し歩くと、すぐに答えがわかった。
下の写真は、杉津の浜に流れ込む「大毛谷川(おもたにかわ)」という川だ。
杉津の東にある鉢伏山に端を発している。
流れる距離も短い、小さな川である。

8月5日、線状降水帯が杉津を襲ったとき、大毛谷川にも水があふれた。流域の一帯は急な斜面である。降り始めの3日午後5時から6日午前0時までの降水量(アメダスによる速報値)は、南越前町今庄で426.5ミリとあったので、おそらく山を挟んだすぐ西にある杉津でも同じくらいの降水量があったのだと思われる。斜面を流れる大量の水は、付近の地盤を緩め、大きな岩や生木もなぎ倒して、大毛谷川に流れ込んだ。けれど、見ての通り小さな川である。どこかで、それらの岩や木がひっかかり、流れをせき止めた。
そして、それが決壊した時、土石流となって、杉津の浜を襲ったのだ。

大毛谷川は、本来なら、まっすぐ海に流れ込む。

ところが、土石流が運んだこれらの大きな岩が、海への流れをせき止め、行き場を失った水が、ここからT字に分岐し、両翼の浜を削り取っていったのである。

かつての杉津と、今日の杉津を比較できそうな写真を並べてみる。

2021年夏
2022年8月6日
2022年7月31日
2022年8月6日

私は今日、敦賀近辺の別の海水浴場も見に行ってきた。
五幡、江良、手の浦、水晶浜、竹波。
どこもかしこも、こんなに被害を受けているのかと予想しながら走ったのだが、まったくそんなことはない。
半島側は特に、水の透明度もいつもと変わらず、美しい海を保っていた。
杉津だけが、こんな大被害を被っているのである。

「あさひや」さんのお話

「120年前にも、こんな鉄砲水が出たことがあるんだってよ。
その頃を知ってるもんは、みんな死んでるから、見た人はおらんけどな。
隣の浜にだって川は流れ込んでるのに、なんで杉津ばっかり、って思うけど、まあ、こういうのは忘れた頃に来るもんなんだろうな。地震といっしょだ。
アワビもサザエも、なんもかんも、泥かぶってもう生きてないだろうし、漁の連中ももう諦めとるわ。
杉津のもんが、みんな無事で、それは本当によかった。
起きてしまったことは、仕方ない。見るなら後ろじゃなくて前だな。
たぶん、復旧に3,4年はかかると思うけど、海のことは海に任せるしかない。
みんなしょげとるのはたしかだが、起きたことに文句を言っても始まらん。
ただな、「かずや」は、あれだ。杉津に人が来なくなってからも、あれこれ考えて、釣り人用の貸しボートやら、海の家やらやっとるやろ。
みんなのために一番働いたもんが、一番ひどい目にあうっちゅうのは納得できんな。
今日だって釣り日和やろ。本当なら、「かずや」のボートも全部、出払っててもおかしくないくらいのもんや。
でも、あいつのボートは、今、まともに貸し出せるのが無いし、だいたい、こんな海に釣りしに来る人もおらんわなあ。
あいつは、自分のボートが全部流された中、俺の船も流されかけとるのを見つけて、引っ張り上げてくれたんや。
海、見たろ? あれよりもっとひどい時に、水につかって船を引いてきてくれたんやで。
いつでも、自分のことより人のこと考えとるやつが、人より痛い目にあうのは納得できんな」

「かずや」さんのお話

「ウミウシだったか、あんたの好きなヤツ? あれも、もう、みんなおらんようになったわ。たぶんテトラの向こうまで泥だらけよ。
この先、何年かは杉津に潜っても、なんもおらんと思うで。
また、海がきれいになったら来たらええわ。
しばらくは、ここに来ても、面白いもんは無いと思うで」

私からのお願い

私は、杉津のおじさんたちが元気がないのを見るのはすごく嫌なのだ。
エゴと言われようが何だろうが、嫌なもんは嫌なのだから仕方ない。
それで、クラウドファンディングでもしてお金を集めようかと思ったのだが、そのお金を一体どう使えばいいんだろうか?とはたと困ってしまった。

何度も書くけれど、岩や樹木の撤去は、いつになるかはわからないけれど、行政の予算で重機が来てやってくれると思う。(何しろ、福井県内では、土砂崩れで埋もれた幹線道路や、洪水の被害に遭った今庄地区など、被災箇所が多く、おそらく今は手一杯なのだろう。いつになるかは、本当にわからない)
海の中のことは、私たちではどうにもできない。
削られた砂浜も、回復を待つしかない。

こんな風に「お金をかけさえすればなんとかなる所」がないのに、お金だけ届けたところで、もらった方は嬉しいものだろうか。
「こんな時に、お金だけあったってなあ」
とかえって、嫌な気持ちにならないだろうか。
でも、悲しい気持ちで海を見つめている杉津のおじさんたちに、「杉津だけほっとかないよ。ちゃんと見てるし、応援しているよ」という気持ちは伝えたい。

そこで、考えた。
私はこの夏、杉津に必ず毎週一回は通う。
復旧の様子は、このnoteを含む「杉津の海の復旧」マガジンでお知らせする。
潜って視界がよければ、海の中の様子もレポートする。
もし、夏の間に浜の復旧工事が終わり、泥水も落ち着いて海水浴が楽しめるようになったら、お近くの方は、ぜひ杉津に行ってみてはもらえないだろうか?
そして、駐車場や海の家の利用料を、かずやさんにお支払いすることで、小さな支援をお願いしたい。
さらにもし、ボートの修理費用や、小屋の移設費用など、おじさんたちが困っている様子が見られたら、もしかすると、ここでサポートをお願いするかもしれない。
その時まで、杉津を、私と一緒に見守っていただけないだろうか。
本当に、何年もかかるかもしれないのだけれど。

冒頭でも書いたが、おじさんたちが失ったのは、大好きなふるさとの景色と、生き甲斐だ。衣食住に困っているわけではない。
けれど、幸せに生きるためには、どちらも必要なものだ。
穏やかに年を取っていこうとしているそのときに、大切なものを2つも失くしてしまったその気持ちを思うと、つらい。
どうか、杉津を見守ってください。
よろしくお願いします。

**連続投稿188日目**

最後まで読んでくださって、本当にありがとうございます。 サポートは、お年玉みたいなものだと思ってますので、甘やかさず、年一くらいにしておいてください。精進します。