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舌の変容

もともと、人と話せなくてもストレスに感じないので、巣篭もりが苦痛ではない。誰とも話さない日が一月続いても全く平気だ。ただ、話す機会がなくなると、舌が暇を持て余すらしく、口の中で余計なことをするようになった。

最初に舌は、口内の探索を始めた。まるで舌が私と別人格のように書いているが、実際、私の意志とは無関係に舌は動いた。気づくと無意識のうちに、口腔内のあちこちを触っているのだ。仕事をしていても、テレビを見ていても、料理をしていても、お風呂に入っていても、ふと集中が途切れた瞬間に、舌が奥歯の親知らずを抜いた段差や、上顎の天井付近のざらつきをなぞっているのに気づく。その時は「やめよう」と思うのだが、意識が逸れるとまた勝手に始めている。

そのうち、舌にはお気に入りの場所ができた。私の右の前歯と犬歯の間の歯の裏側にはなせが、小さな穴が開いている。そこを、執拗に触るようになったのだ。不思議なことに、そこに触れると口の中になんの食べものも入っていないのに甘味や酸味、旨味を感じた。味覚に刺激はあってもお腹には何も入らないので「こりゃいいや」と今度は積極的に幻の味を堪能するようになった。

そのうち、あまりにも触り続けたためか、舌先に口内炎のような水膨れができた。痛くはないのだが、明らかに白く膨れている。

病院に行った方がいいのかな? でもきっと「触らないようにしてください」としか言われないだろうな。そう思い続けているうちに、さらに時が過ぎた。

水脹れは広がり、今度は口の中一帯、渋柿を食べた後のような、薄い渋の膜が張った感覚が続き、あの不思議で魅惑的な幻の味覚が消えた。

これはいよいよまずい気がする。放っておくメリットが消えてしまった。医者に行った方がいいのか? しかし、この症状、なんと言って説明すれば良いのだろう? いや、そもそも、何科を受診すれば良いのだ? 歯科? でも歯じゃないし。

迷っている間にまた日が経つ。明日こそ、かかりつけ医で相談してこようと思うのだが、このまま放っておくとどうなるか見届けたい、という気持ちもあり、きっと行かないだろうという方に3,000点。

ああもう、こういう状態が一番いやだ。いっそのこと痛ければ、サクッと医者にもいくのだけどなぁ。「口内炎が割れて中から目が覗いている」ということになっても、きっとおもしろすぎて医者には内緒にしておきたいと思うに違いない。

因果な性格をまず治さねば。

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