私がおめめどうを推す理由(Facebookより転載)

これは、2018年12月9日に書いたものです。
大西俊介さんは、2023年8月30日に永眠されました。
もう、大西さんのお話は、2度と聞けません。

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今日は、おめめどうオブサーバーである、syunさんこと大西俊介さんの相模原での講演会でした。

時節柄体調を崩される方が多く、前日までに何名かキャンセルが出たので、ちびたんの母ちゃんたちにも、おいで、と声を掛けさせてもらいました。

私は、「子育てって、障害支援に学ぶところが大きいな」と思ってて、なぜがというと、「人権」ということを、中心に据えて考えるのが、障害支援だからなのね。

子どもに「良かれと思って大人があてがう」子育てをしていると、いつか破綻する。

子どもが選ぶもの、選ぶことを、叶えるためにサポートするのが子育てなんだよ、って頭を切り替えられると、親子とも幸せに育っていけると思ってるんです。

大西さんの講演会は、発達障害や自閉症支援に特化した話だと思ってると、「私には関係ないわ」と思うかもしれないけど、これが、深いのよー。

私、子育てする人はみんな、一回は障害支援の話を聞けばいいのにって思う。それくらい大事なことです。

もし、興味がある方がいたら、ここで、名乗りをあげてくださいませー。

当日キャンセルも出そうな気がするけど、とりあえず、一名募集します。

聞いてみたい人は、どーぞ。


……というのが、その時の誘い文句。

聴いてくれた母ちゃんたちはどう思ったのだろうか。

野暮だなあと思うけれど、ここで追記をさせてもらいたいと思います。

私たちは、お母さんになったその日から、子どもの幸せを考えて生きている。

でも、自分の幸せがよくわからないので、子どもの幸せも実のところよくわかってない。

なので、「人並みに」というところを、手っ取り早く目標においてしまい、ちょっとした優劣に一喜一憂する。

できないことは、できるようにしてあげたいし、苦手なことは克服させてあげたいし、弱点は無い方がいいと思っている。

それこそが、この子の幸せだと思っている。

なにかができるようになる先に、幸せがあるんだと思っている。

そうじゃないんだよねえ。

前にもどこかで書いたけれど、やりたいことを叶えるサポートを支援と呼ぶ。

「やりたい」という気持ちはいつも、自分発信。とても内発的。

外から「やりたくなれ」といわれて、はいと気持ちが変えられるものではない。

本人の心がどこにあるか、が大事なのだと思う。

私たちは、小さい人たちに接するとき、彼らの気持ちを大事にしているだろうか。

彼らのやりたい気持ち、やりたくない気持ちを大事にできているだろうか。

これがいいんじゃないか、とあてがってないだろうか?

朝の着替えの時から、「赤いシャツと青いシャツと、どちらを着る?」
朝食の卵は、「目玉焼き?スクランブル?」
飲み物は、「ミルク?オレンジジュース?」

ほんの小さな子供にも選択できそうなことすら、選択の機会を奪っていないだろうか。

楽しく生きていく、と言う事は、自分で選んで生きていく、ということだ。
辛いことも、悲しいことも、自分で選んだ結果なら引き受けられる。
自発的であること、選択できることって、それくらい大事。

それを育てなくて、何を育てるというのだろうか。

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ここまで書いて、ちょっと心配になったので付け足すけれど、これらは、「子どもの願いをかなえるために自分を犠牲にしてまで頑張れ」ってことじゃないから。

自分にできることで、サポートできることはするし、できないことは交渉する。

私にはできないけれど、お父さんとならできるよ。
ここでは、無理だけど、おうちに帰ってからならできるよ。
今はダメだけど、お昼ご飯の後なら大丈夫。
これはできないけど、あれならできるよ。

そんな風に、自分がつらくないやり方で、子どものやりたい事と折り合いをつけるように練習することだって、子どものためになることなのだ。

交渉が出来なかったら、お互い不満をくすぶらせて我慢するしかないもんね。

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健康な心で生きていくために、その子の自発的な気持ちを大事にできるといいよねって、話が今日のsyunさんのお話だったと思うのだ。

ちがうかなー?

最後まで読んでくださって、本当にありがとうございます。 サポートは、お年玉みたいなものだと思ってますので、甘やかさず、年一くらいにしておいてください。精進します。