可視化されてわかること
Twitterが苦手だ。
140文字では、言いたいことが言える気がしないし、そもそも言いたいこともあまりない。
どこのSNSでもそうだが、すでに出来上がっているコミュニティに入っていく努力もしんどい。
ではなぜアカウントを持っているのか、というと、震災後の情報収集ツールとして、これ以上に速くて優秀なものはないな、と思ったからだ。
(あと、Twitterに住んでいる田中泰延さんを追いかけるため、もある)
何かあった時のお守りのつもりで、つづけている。
さてそのTwitter。
仕様がどんどん変わる。
いつからだかわからないけれど、投稿のインサイト情報も一部公開するようになった。
例えば、こんなふうに。
フォロワーが数百万人いらっしゃる方の、ある日のツイート。
私はこういうのを見るたび、安心する。
いや、ほんとは安心しちゃいけないんだけれども。
なぜなら、この1ヶ月の私のnoteのインサイトはこうだから。
読まれた数は、私が30日連続で投稿して、だいたい同じくらい。
♡の数は、私の方が多い。
私のnoteでの目標は、読んだ方の1割から「スキ」をもらうことだ。
だから、アクセスが増えても共感が得られていない現状に、勝手に才能の無さを感じて落ち込んでいた。
しかし、Twitterだって、何百万ものフォロワー全員から共感されてる人なんていないんだ、と可視化されて気付いたのだった。
たしかに、私には無いのだろう、才能は。
それは知ってるし、あればもっと若い頃に書かずにいられなくなっていたはずだと思う。
ただ、ここでは、才能とは違うものが比較されているのに気づかなくてはならない。
それは、かの方は超有名で、私は超無名だ、ということだ。
超無名な私が、ネットで何か言ったところで、リアクションなんてほぼ無い。
無風だ。
なのに、何を恐れているんだろう?ってところにフォーカスしなくてはいけない。
露悪に走る必要はない。
けれど、思ったことを、無いことにする必要だって無いんだ。
だって無名なんだもの。
堂々と書け。
そして間違えたら謝れ。
改めて、こう思ったのだった。
**連続投稿390日目**
最後まで読んでくださって、本当にありがとうございます。 サポートは、お年玉みたいなものだと思ってますので、甘やかさず、年一くらいにしておいてください。精進します。