見出し画像

悪口、言えてるじゃん

「そう、そうです!素晴らしい!あなたの中にも悪意はちゃんとあるんです!」
カウンセラーさんが手を叩いて喜んでいる。

数年前、鬱からの回復過程で、少し体力が戻った私は、早く元の自分に戻りたくて、手当たり次第にいろんなカウンセリングを受けていた。

病院附属の認知行動療法に明るいカウンセラーさん、前世療法を使うという怪しげなカウンセラーさん、自分をひたすら観察すべしとおっしゃるカウンセラーさん。いろんな人がいた。

その中で1人、印象に残っている方がいる。と言っても、容貌や話し方などは何も覚えていない。その人が発した一言が意外すぎて忘れられないのだ。

粘度の高い水の中で生きているように重く息苦しく毎日を過ごしていた私は、その日も変わらず、どんよりと最低な日だった。

カウンセリングは主に電話だった。時間通りに電話をかけ「今日あった出来事、起こった感情、湧いてきた気持ち」を、そのカウンセラーさんに話す。

彼女は、無闇に過去をほじくりかえさない。今起きていることは、過去の自分が作り上げた結果として起きていることだ。だから、入り組んだ過去を直接なんとか解こうとするより、今の自分が感じていることからルーツを辿ればいいという。過去への尻尾を捕まえて、手繰り寄せるほうが簡単なのだそうだ。理屈はわからないが、他のカウンセラーの言葉は全て忘れても、彼女の言葉は憶えているので、きっと私には合っていたのだろう。

その日は、仕事の引き継ぎの話をした。だるくてめんどくさくて、出かけるのも嫌だったのだが、外面だけはいい私が「この日で」とお願いした予定だったのでサボるわけにもいかず、まじめに出かけていき、なんとか終わったのだった。

「めんどくさかったです。行きたくなかった。家で寝ていたかった」
正直に彼女に伝えると
「それはなぜですか?」
と問われた。

「『めんどくさい』のに、理由なんかあるんですか?」
「あるかもしれないし、ないかもしれない。もし何かあるなら教えてください」

答えを自分の中に探しつつ話す。
「動くのもだるいし、人に会うのもしんどいし」
「そうですね」
「基本、人のことなんてどうでもいいと思っているのに、なんで、こんなことしてるんだろうと思ったし」
「どうでもいいんですか?」
「はい、どうでもいいですね。今は自分のことで精一杯なので、励まされるのも鬱陶しいです。善人ぶって私に構うな!と思ってます」

その時言われたのが、冒頭の一言だ。
「そう、そうです!素晴らしい!あなたの中にも悪意はちゃんとあるんです!」
嬉しそうな電話の声に「へ?」と思った。

「他人のことなんか知ったこっちゃない」と、倫理的にはどうかと思われる発言をしているのに、それを喜んでいる人がいるのだ。わけがわからない。

「あなた、長年、自分を押さえつけ過ぎてて、悪意が出てこなかったでしょう?」
と彼女が言う。
「他人なんですから、合わないことも嫌いになることもあって当然なのに、さほど人格者でもない人間が、誰の悪口も言わないなんておかしいんですよ」

おかしい?そうなの?普通の人はそんなに悪口を言うものなの?

「でも私、夫の悪口は言いますよ」
「それは甘えているんです。他で言えない悪口を全部、旦那さんに向けて放出してるんですよ」
「え?」
「あなたに感じてほしいのは、他者に対する嫌悪です。嫌っちゃいけないことなんてないんです。好きと同じくらい大切にしてほしいのが、あなたの『嫌い』って感情です。我慢しなくていいと言われても、今は、自分が我慢していることすらわからないかもしれませんが、あなたの我慢は、あなたの心を殺します。嫌いと思った自分をちゃんと認めてあげてください」

その日の電話はそれで終わった。

それから悪意や嫌悪について時折考えている。

そんなに我慢してるのかなあ?自分でわからなくなるほど?

そして、真剣に自分を観察するようになった。
大きく感情が動いた時、
「今どう思った?」
「何感じた?」
と、注意深く自分に聞くようになった。

ぼーっと流れている自分の思考を、他人のつもりで眺めていると、見えてくるものがたくさんあった。

プライベートなことばかりで、ここには書けないのだが、自分の感情を他人のように観察する、というのは、かなりおススメだ。

私は、ドラマや漫画を見ながら、
「あり得ない!」
と怒る自分を見つけたし、
「感じ悪いなあ」
と誰かを嫌っていることも発見した。

これまでは、湧いてきたそれらの感情に「善悪」の判断をして、咄嗟に黙らせる警察官のような私がいたのだ。時間をかけて、警察官はクビにした。

今日は、レジで小銭を探す私に「チッ」と小さく舌打ちした店員にムカついた。
健康だなあと思う。

「えらいぞ、ちゃんと悪口言えてるじゃん」
と、自分を褒めまくっている。

**連続投稿138日目**

最後まで読んでくださって、本当にありがとうございます。 サポートは、お年玉みたいなものだと思ってますので、甘やかさず、年一くらいにしておいてください。精進します。