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内部統制基準・実施基準の改訂が内部監査に与える影響について

2023年4月7日に「財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準並びに財務報告に係る内部統制の評価及び監査に関する実施基準の改訂について(意見書)」(長い。。。以下J-SOX基準と略します)が企業会計審議会から公表されました。改訂全体の概要は既に色々なところで議論、解説されていますが、内部監査についても何点か言及・変更・追加されている部分があります。今回は、この改訂が内部監査に与える影響や論点について整理します。文中、堀江正之日本大学教授および日本内部監査協会の吉武一理事の発言は「月間監査研究 2023年9月号」に掲載されている「これからの内部監査への期待 内部統制基準・実施基準の改訂を受けて」と題する対談記事から抜粋しております。また、文中の意見にわたる部分は筆者の私見です。

内部監査について言及されている点

1.内部監査人から取締役会及び監査役等への直接的な報告の体制の整備及び運用

従来は日本の多くの内部監査部門の実態を反映する形で、経営者への報告については記載がありましたが、それに加える形で取締役会及び監査役等への報告について言及されています。内部統制の無効化に対する対策の一環としてと、内部監査人の役割を記した項目で2回に渡って述べられているので、改定に当たってこの点はかなり重視されているように思われます。
一点目の、内部統制の無効化への対策の点は、従来から言われている「内部統制は経営者不正には無効」という内部統制の限界を克服する対策の一環として取り上げられています。監視・監督を担う組織体への報告が、執行側の経営陣に対する一定の牽制効果を持つことは明らかであり、The Institute of Internal Auditors(略称 IIA:内部監査人協会)は従来よりこの考え方を採っていますので、この改訂により日本企業の内部監査部門のあり方がIIAの想定する標準に一歩近づいたように思われます。
ただし、内部監査部門側も喜んでばかりはいられません。この改訂につき、企業会計審議会の内部統制部会の部会長である堀江正之日本大学教授は、「何を報告するかということを、内部監査人の方々が主体的に考える必要がある」「肝心なことは、取締役や監査役に『なるほど』と思わせる報告でなければなりません」と述べております。さらに、この報告経路を確保する責任は、取締役会や監査役側ではなく、内部監査人側に負わされています。つまり、相手が興味を持ってくれるようなネタを用意して、いつでも話を聞いてくれるような関係を構築しろ、と言っているわけで、最も努力が求められるのは内部監査部門のように思われます。私が従前から申し上げている、「経営陣に刺さる監査指摘」を出して内部監査部門のプレゼンスを高めるべし、という話を形を変えて求めているとも読めます。
なお、現在では多くの企業が内部監査部門を社長直轄としており有価証券報告書にもそのような記載が多くみられます。仮に取締役会や監査役会等への報告経路が確保されたとしても、それはあくまで副次的なもので、一次的な報告ラインは引き続き社長(執行側)の形を維持するのか、IIAの想定するような、監視監督を主目的とする会議体への報告を一次ラインとして、執行側への報告は二次ラインという形に変更していくのかを注視したいところです。

J-SOX基準 新旧対照表より
J-SOX基準 新旧対照表より

2.内部監査人の役割と責任の追記

内部監査人の役割と責任について、まず「熟達した専門的能力と専門職としての正当な注意をもって職責を全うすることが求められる。」という一文が追加されました。

再掲 J-SOX基準 新旧対照表より

これは公認会計士の倫理規則や監査基準が要求している「職業的専門家としての能力」に類似する表現です。IIAの基準でも類似の要件を求めており、一見すると内部監査部門側にとって望ましい追記のようにも思われます。しかし、資格の取得に厳しい資格試験と実務経験が求められる公認会計士に類似する要求を、企業の従業員に過ぎない内部監査人に求めるのはいささか過剰に思えます。
ここで求められている能力について堀江教授は、「内部監査人に求められる専門性というのは、監査技能に狭く限定すべきではないと思います。細かの監査の技法や手続に精通しているよりもコミュニケーション能力や、吉武さんがよく指摘されるようなロジカルシンキングといったことの方が役立つかもしれませんね。」と述べています。これを受けて日本内部監査協会の吉武一理事は「内部監査人の専門的能力については、ロジカルシンキング能力と、コミュニケーション能力、それから先見性やビジネス感覚、この4つの能力が重要であると思ったところです。」と述べています。このお二人の意見を読むと、それほど大袈裟なものではなく、ビジネスマンとして当然備えるべき資質を備えていれば良いようにも読めます。
また、内部監査人がここで「専門職」と定義されたわけですが、専門職とは何でしょうか?一般的には国家資格等を必要とする専門的な仕事と解されることが多いですが、特にここではCIAや公認会計士などの監査に関連する資格保有者を指しているわけでもなさそうです。もちろん、資格はなくとも会社内でITなり法務なり人事なり経理なりも専門職と言えなくもないですが、そういった一般的な意味での話なら基準でことさらに「専門職」などと言わなくても良さそうです。どうも、内部監査部門に過大な期待を寄せている表れがこのあたりの文言ににじみ出ている感じを持ちました。
取締役会及び監査役等への報告経路の確保も、内部監査人の役割と責任とされていますが、こちらは前項にて既に論じております。
最後に、「(内部監査人は)必要に応じて、取締役会及び監査役等から指示を受けることが適切である。」と記されております。この記述には内部監査協会も違和感を持ったようで、公開草案の段階で、「指示を受ける」ではなく「連携して課題に対処する」という表現への変更を提案していましたが(後述)、取り入れられなかったようです。そもそもダイレクトな指揮命令系統下にあるわけでもないのに、「指示を受けることが適切」というのはおかしな話ですが、この点、堀江教授は組織ぐるみの不正への対処のケースなど、かなり限定的な状況を想定すべきで、それが「必要に応じて」という言葉の含意だというご意見のようです。また、内部監査がガバナンス・プロセスを含めて対象とするという傾向の中で、「内部監査が監査役等の監査に近づいて行っているという側面があります。」とも述べております。三様監査という日本独自の監査のあり方は、監査役監査と内部監査ではもともと重なる領域が多く、十分なスタッフを持たない監査役等が、その役割を果たすために内部監査に寄りかかってくることは十分に想定される事態です。内部監査の役割を重視する潮流のなかで、三様監査のあり方も再検討が求められてきているのかもしれません。

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