第45回 北千住スナックにいる不器用な太客
私が足繁く通っている北千住スナックの常連客に、田中社長(仮)という方がいます。
50代の男性で、正直なところ人との距離感をうまく保てないタイプです。
例えば、「モリタニはズラなの?」などと、意味不明なことを突然言ってくるので、彼が店にいる時はできるだけ関わらないようにしていました。
ところが先日、彼がたまたまお土産として持ってきたうな重をご馳走になりました。
食べていると、田中社長がこう言いました。
「俺、この店の鰻重はしょっぱくてうまくねぇんだよな。」
じゃあ、なぜそれを配るのか?と、やっぱり彼の言動には首をかしげるばかりでした。
相変わらず失礼な人だなぁと思いつつも、「ご馳走様でした、美味しかったです」とお礼をして、その日は終わりました。
田中社長は、一言で表すと「不器用な人」なんだと思います。
社長として成功しているのは間違いないので、経営やビジネスの場ではしっかりした判断をしているのでしょう。
しかし、プライベートではその不器用さが目立つのかもしれません。
特に、感謝や気遣いといったコミュニケーションの微妙なところで、少しズレを感じることが多い気がします。
お土産に持ってきたうな重も、「しょっぱくてうまくない」と言いつつ配ってしまうあたり、周囲に気を遣っているつもりなのかもしれませんが、その言葉選びが不思議です。
そこで余計な一言を付け加えてしまうあたり、やはり人との距離感の取り方が下手なのかなと思ってしまいます。
ーー後日スナックに行ったとき、予想外の一言がママから飛び出しました。
「モリタニ、うな重のお礼言わなかったから社長が怒ってたよ。」
「え!?その日にちゃんとお礼言ったよ。」
「その後会ったときに、もう一度お礼言わなかったでしょ。それで礼儀知らずだって怒ってたの。次会ったらちゃんとお礼言ってね。私も前にお礼を忘れて怒られたことあるから。」
そう言われて、思い出しました。
確かに、うな重を頂いた次の機会に田中社長と居合わせていましたが、その時はお礼を言いませんでした。
ここまで見返りを求めるとは、なんて器の小さい人なのだろう…と内心思ってしまいました。
ただ、これも田中社長の不器用さの表れなのかもしれません。
本来ならば「もう一度感謝されるかどうかは相手次第」と考えるところを、彼は自分から求めてしまう。
それが田中社長の感覚のズレの一つなのだと思いました。
思わず、ママに
「きっとおぼっちゃまなんだろうね。」
「礼儀知らずなのはどっちだよ。」
と愚痴ってしまいました。
今思えば、これは愚かな行為だったと反省しています。
私は月に1~2回しか来ない、いわゆる「細客」ですが、田中社長は朝までお店にいたり、週に何度も通いお店に大きな貢献をしてくれる「太客」です。
彼がいなければ、この店は成り立たないかもしれません。
このお店が一日でも長く営業を続けてほしいと思っているので、次回田中社長に会った時は、きちんとお礼を伝えようと思います。
ああ、自分にもっとお金があればこんなに気を遣わなくてもいいのになあとも思ってしまいます…。