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黒井健を追いかけて(5)

 私にとって読書は芋づる式につながっていくものである。そもそもなぜ私が黒井健のことをここに書こうと思ったかというと、黒井健の一冊の絵本を再読したことから、次々とほかの本を手に取ることになる経験をしたからだ。黒井健を追いかけることで、黒井さん以外の方の本もたくさん読む機会を得た。

 

 今回は絵本『ころわん』シリーズについて書こうと思う。ひさかたチャイルドから出ている『ころわん』シリーズは、現在全21タイトルが紹介されている。34年間、黒井さんは小犬のころわんを描き続けているが、ころわんの顔や雰囲気、作品のテイストはほぼ維持されている。主人公のころわんは茶色いころころした小犬で、季節の移ろいの中で小さな出会いや発見をする。好奇心たっぷりの小犬だ。ともだちのちょろわんや、やさしいおかあさん犬も登場し、安心感を感じる作品である。「ぶん」担当の間所ひさこさんが2019年に81歳で逝去され、『しろいしろいころわん』(2019年 ひさかたチャイルド)が最後の作品となった。

ころわんシリーズの魅力は、「ころわん」という小犬のかわいらしさはもちろんだが、自然の描き方にもある。さりげない自然物の描写が読者の心をつかむ。それは、たとえば紫陽花の上のかたつむりであったり、雲であったり、はらっぱの虫たちであったり、木の葉だったり、どんぐりだったりする。それらの細部の描き方に黒井さんの特徴がよく表れている。

間所さんは1938年東京生まれで東京大空襲を経験している。両親は洋画家と図画工作の教員で、芸術が身近にある環境に育ったのだろう。幼児期から劇団こまどりに所属し、一時は女優をめざしていたという。また中学生の頃から詩作を始めており、詩集『山が近い日』(1975理論社)で第13回野間児童文芸賞・推奨作品賞を受賞している。そのせいか、「ころわん」の本文も詩のようなリズムがある。以下は現在ひさかたチャイルドのサイトで確認できる「ころわん」シリーズの作品である。

 ゆきのひのころわん   1985年

あめのひのころわん   1986年

ころわんはおにいちゃん 1986年

かぜのひのころわん   1987年

ころわんとふわふわ   1988年

ころわんところころ    1988年

よなかのころわん     1991年

かぜひきころわん     1997年

ころわんとしろいくも   1998年

かくれんぼころわん    2001年

ころわんのたからさがし  2001年

ころわんのおるすばん  2003年

ころわんとりーりー   2003年

クリスマスのころわん  2003年

ころわんとちゃぷちゃぷ 2004年
『その日は、静かにおとずれた 孝さんとわたし』 2006年

ころわんちょろわん     2007年

ころわんがよういどん!   2008年

ころわんがはるみっけ!   2010年

ころわんどっきどき     2012年
『子どもたちへ、今こそ伝える戦争』2015年

あきいろのころわん    2016年

しろいしろいころわん   2019年   
3月7日間所ひさこ 没

 

黒井さんが、どうして間所ひさこと絵本をつくることになったのか、そのいきさつは私にはわからない。黒井さんと間所さんの間にどんなやりとりがあったのかもわからない。ただ黒井さんが、間所さんのテキストをひたすらに読んで読んで、ころわんの世界を絵にしたのだということはわかる。

今回、あらためて間所ひさこさんがどんな人だったのかに興味がわいて彼女の書いたエッセイを探してみた。『その日は、静かにおとずれた 孝さんとわたし』(2006 間所ひさこ ポプラ社)『子どもたちへ、今こそ伝える戦争 子どもの本の作家たち19人の真実』(2015 講談社)を読んだ。間所さんの根源的な明るさ、家族への愛がそれらの文章によく表れていた。彼女はさまざまな表現活動を経て、ことばで表現する道を選んだのだと思う。そして真の意味での「自己流」を大切にした人だ。2冊を読んで、どんなに忙しいときも「書く」ことを大切にしてきた人だということを感じた。

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