たま
「たまですよ」
巨岩を支えている土はそれを、「たま」と言った。
地元で有名になってしまった巨岩の鎮座する場所は、古い古い神社の裏手にあった。
竹林の、奥の奥。
この「たま」は元は土に埋まっていたという。土地の人が畑を作る為に開墾していたら岩の頭が出て来て、周囲を掘り進めると、それは大きな岩だったと。その岩の近くには勾玉が埋まっていたのだと。
散歩に連れ出した犬が何やら竹林の中を凝視している。
犬の視線を追ってみたが、竹の重なり合う景色が見えるだけだった。
そこから、突然鳥が飛び立った。
鳶だ…。一羽、また一羽…
ニ羽の鳶は交差しながら十文字を切り空を滑っている。竹林に隠された、「たま」の真上で切られた十字。
「ん?
もしかして、ここは昔、禁足地だった?」
犬は大人しく警戒した素振りも見せず、鳶ではなく私を見上げている。
「たま」に巻かれた紙垂が端から順にひらひらと揺れ、大地の太鼓よろしく地響きを轟かせた。ほんの一瞬、地面がぐらっと揺れる音がした。
パワースポットと化したそこに観光客が数名いたが、皆スマホを「たま」に向け、平然としている。
自分の見たものを疑え。
聞こえて来た事を疑え。
それが何なのかを理解するまでは。
仏師だった祖母の教えだ。この教えは私の護符となった。
想像力は時を超える。連綿と続く土地の記憶があるとして、
その記憶と個人の想像が一致した時、時は重なるのかもしれなかった。
想像の中での「たま」は、葛の蔓を幾重にも身に着けていた。
濃く芳しい葛の香りを纏った「たま」は、生きている様にさえ見えた。
古の人々は「たま」をそのように見ていたのだろう。
大切に想う気持ちの表れの、装飾に過ぎなかったのだろう。
最初の最初は無心でしかなかったのかもしれない。祈りというものは、無と同化することだったのかもしれない。
私の呼吸が秒針となり時を刻んでいる以外、ここでは、なにもかもが
ただただ静かで満ち足りている。
パワースポットと化した地ではあるが、人を呼び寄せているのは
この「たま」なのかもしれなかった。
土着的神話が芽生えた日に。
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