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ほほえむひと

幼い頃よく母に『…やめなさい』と言われることがあった。そう言われて周りを見ると、ひそひそと話す大人の姿があった。


私の家にはおばあちゃんがいて、いたずらをしたり、いうことを聞かなかったりして親に怒られ部屋で泣いていると、そのおばあちゃんが笑うでもなく、話しかけるでもなく、触れるわけでもなく、ただそこで正座をして微笑んでいるのだ。

そのおばあちゃんに『なんでいつも怒られるの!!』と泣きながら話しかけると、微笑むおばあちゃんの声が頭の中で響く。

………花ちゃんが大事な子、だからだよ………


幼い頃のわたしにはこうして、何人もの微笑むひとがいた。

公園からの帰り道、決まっていつもの場所で小さく手を振るおじいちゃん。

家の近くにあるお店の、自動販売機の向かい側の棚にある公衆電話の隣にある一段低い棚に腰かけているおじちゃん。

友達の家に行く途中の細道にいつもいるみつあみのお姉ちゃん。

小学校のプールの柵の向こうで、かぶっていた帽子を胸に抱えて立っているおじさん。

みんないつも同じ場所に、同じ格好で、
微笑んでそこにいる。

『きょうは、アイスをかってもらうの!』

母と手をつないで近所のお店に入る前に、公衆電話のおじちゃんに話しかけると

………いいなぁ………と微笑む。

すると決まって
『だれもいないでしょ!』と母が自身の方に私の手を引く。

『おじちゃんに言ったの!』
そういうと母は

『花ちゃん、おじちゃんなんていないでしょう』という。


ある時あまりにも大人たちに心配されるようになった私を連れて

父と母は車で山深い場所に来た。

そこは幼い私には薄暗く、ひんやりとした黒い木の建物で、虫の声が響く中に混じって、おじさんとも、おばさんともわからないような低く、唸るような声が時折聞こえてくる所だった。

白い着物を着た頭がつるつるのおじいさんにおでこと、手のひらと、足の裏に筆で炭を付けられ、人の形をした半紙を小さな池に浮かべた。

それからはおうちのおばあちゃんや、微笑む人はいなくなった。

保育園で覚えてきた歌を歌ったり、お友達の話をしたり、初めて食べたお菓子がどれ程おいしかったか、絵本を読んだり、描いた絵を見せ、お遊戯して見せたり。

………花ちゃんはいい子だね………

いつもいつも微笑みながら、わたしを見てくれていた。

頭の中に響いてくるおばあちゃんの声、
……気をつけて帰るんだよ……と夕焼けの中で手をふるおじいちゃんのしゃがれた声、国歌を教えてくれたまるでおかあさんといっしょのお姉さんの歌声のようなみつあみのお姉ちゃんの声、「ひこうじょっぱら」と大人達が呼ぶグラウンドの空を見上げて、沢山の名前を呟いているおじさんの声。

幼いわたしが『こんにちは』と挨拶をすると、みんな一斉に驚いたようにこちらを見て、しばらくして微笑む。

……花ちゃん、ありがとう……


そしてあの時からわたしは、ひとりぼっちになった。










#2000字のホラー

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