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おっかがいった


 旦那さんが今朝もいつもの時間に起き出してきた。
その後、作業服を来て先ずはタバコを吸いに外へ出るのが彼のルーティンだ。
 ところが今朝は違った。
そのまま外へは行かず、2階でゴロゴロしていた私のベッドのフチに両手で頭を抱えて突っ伏した。

そんな彼は、何があっても仕事は休まない、遅刻しない、どうしてものときは段取りをつけて間に時間を作って動く、根っからの仕事人間だ。
だから驚いてしまった。
彼は携帯を片手に正座して、ベッドのフチに突っ伏して泣いているのだ。

育ての親とも言える『おっか』が亡くなったと、昨夜遅くに義母から送られたラインを見せてきた。

 彼の幼少期は私や、私の周りにもないような環境だった。そんな中、母のように彼を育んだ祖母が長らく入院していた先で息を引き取った。
ラインにはまだ体に温もりが残っていそうなおっかの画像が添付されていた。
たとえそのラインをリアルタイムで彼が見たにせよ、翌朝起き抜けで見ることになったにせよ、そんなものを送ってしまった義母も気が動転していたのかもしれない。

 彼は遠い北の生まれ、今すぐおっかのもとには行くことができない。
まして、地元には叔父叔母そして義母もいて、気持ちは動いても『孫』には週中の水曜日に全てを放りだしてまで駆けつける理由がない。

 数分の中で心と頭に整理をつけた彼は
『おっかは昨夜、会いに来た』とポツリと言った。彼が寝ている部屋の押入れの中を、カリカリと擦る音がして目を覚ましたらしい。後で聞いた話によるとその時間は昨夜、おっかの魂が体から開放された時間とほぼ同じ頃だった。
仕事の準備を整えた彼は、リビングの窓から入る朝日に目を細めながら、ただソファに座っている。
じっとその姿を見ていると、
『大切にしてやって』と彼の肩に手をおいたおっかがペコリと頭を下げた。

彼が握るおにぎりは、まんまる。
丸いおにぎりは、おっか直伝。

彼の悲しみが和らぐのはいつなんだろう。そのころには私も丸いおにぎりを上手に握れるようになれるかな。

栄子さん
彼を大切にします。
ありがとう。
 

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