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大田から太田市へのポタリング#2

久しぶりの親睦と新たな出会いを得て爽やかな朝を迎えました。

今日は常陸太田市の実家の墓参りをしようと考えてましたが、天気も下り坂なのと、仕事の都合を考えて、これをパスしてのんびりと歴史の旅をしながら戻る事にしました。

お城跡の情報を調べてると徳川館が出てきました。家康が松平から徳川に変えた由来が群馬(太田市)にあるのは知ってたので、何やらここに行けば詳しい事が知れる予感がして、訪ねて見る事にしました。

30分ほど田舎道を走ると目標にした駅に着きそこでグーグルマップ先生から徳川館を教えて貰い、畦道を走り辿り着きました。


上毛かるたではないのかな?

新田氏から派生して岡崎で松平となり、いよいよ天下を取る時に出生の地(血)の名前に変えたようです。

これは司馬さんの論ですが、どうも家康と言うひとはブランドに弱い、もしくわコンプレックスを持っていたようなのです。

自分の出生が正当の源氏である事に強い憧れとコンプレックスを持っていて、松平ではその正当性を示せない為、何代も遡って徳川を名乗ったのでしょう。

その証拠に関ヶ原の戦いの査定で、敵方の佐竹(我が地の殿様)や島津に対する処遇が妙に優しいのです。血筋やブランドに対するコンプレックスの賜物だと司馬さんは分析してます。

そうかもしれません。この地から岡崎まで流浪して、その地の豪族の娘と結ばれその名前を貰い、その地域を治め力を付けてついに全国統治となった時に、源氏の名前は欲しいですよね。

家康さん分かりやすくて良いかもと思ってしまいました。

江戸を作った人のルーツは群馬にあり。
史実を知れて嬉しくなりました。

この地は世良田と言う名前で、新田氏の時代から栄えていたようです。


源氏の血が脈々と流れて続いてるのを感じます。頼朝から家康まで、東男の源氏が活躍したのはやはり関東平野なのだと、上毛の地で感じ入りました。

さて、武蔵国に入りながらのんびり帰ろうとペダルを回します。気温も少し下がってるので快調に走り出します。

深谷に入りました。深谷ネギかぁー?

そう言えば周りにネギ畑が出てきます。

のどかな風景の中に渋沢栄一記念館の標識が出てきます。

そう言えばこの地の偉人さんで、つい最近お札にもなった方ですね。

訪ねてみました。


バランスなのか、可愛らしいです。

大河ドラマは見てましたので、この地で染め物の原料を扱う事からスタートしたのは知ってますが、やはり地の利を感じますね。

平坦な場所にあり、利根川の水運も利用出来て、真ん中にあるので各地の情報も集めやすいでしょう。

でも、偉人は不便な地から生まれると思ってます。逆境をバネに創意工夫してそれを跳ね返すパワーを持つ人が事を成すのだと思います。

しかし、渋沢栄一はそれには当てはまらないのかもしれません。勤勉さと先の時代を見る目が大切なのでしょう。そんな事を感じた平坦な武蔵野の国です。

熊谷に入りました。ここにもお城跡はあるはずと検索したら、道沿いに知らないお城跡(館)があります。

のんびり旅ですから寄ってみましょう。


土塁跡かなと思われる部分もありますが、現在神社です。ちと古すぎるかとも思いましたが、別府さんの由来を知れました。

ロードでの旅でなければ絶対訪れない所だと思います。こう言うコアな所も自転車旅の醍醐味です。

さ、この後行くべき所も思いつかないので、帰るとしますか。

17号をひたすら爆進してるといつの間にやらバイパスになってます。交通量は半端ない数ですし、スピードも早い事。左端を走ってますが、恐怖を覚えます。

立体交差は侵入禁止ですからここは側道を走る事になります。何度かこれを繰り返し大宮市に近いた時、16号との交差点が出てきました。

自転車あるあるですが、左車線がいつの間にか左折専用道路になっているのです。しかも、2車線とも。

真っ直ぐ行きたい私はどうしたら良いの?

この車の流れでは真ん中のラインに行くのは危険過ぎて出来ません。

どうしよう、どうしようとドギマギしてた瞬間奇跡の様に車の流れが途切れました。

よし今だ!

右側に車線変更して猛ダッシュです。

いやー怖かった。右側に車がいて走られるのは慣れてますが、左側にも車がいるのは恐怖です。

この方法が正しかったとは思えないですが、逃げ場が無くなる道路の構造にも問題あると思います。たかだか、自転車の為に道を増設する訳にもいかないのかな?

そんなやっとの思いで変更した道の先をみると、八王子とあります。

あれ?おかしいな。

そう、16号に入ってしまった様です。

トボトボと17号線に戻り都内を目指しました。

この辺からは慣れた道ですから、安心して走ってると、そう言えばお腹空いたな。

基本食べる事に無頓着なので、忘れてました。

ま、コンビニで良いかと気楽にペダリングすれど、中々出てきません。飲食店も見当たらないのです。

大分そんな状況が続いてから、ファミマが出てきました。そう言えば今回の旅はセブンでなく、ファミマにお世話になってます。

普段これでもかと言うくらいセブンを見るのに、大分少ない様に感じました。

軽くエネルギーをチャージして、一路大都会東京へ戻ります。

片道100キロほどの工程ですから、気楽な歴史旅にはちょうど良いです。新たな発見もあり、楽しかったです。

次はバイパスを避けて北上の旅をしようと思います。




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