あれは恋だった話

スピッツの『仲良し』という曲の歌詞に、「あれは恋だった」という一節がある。どういう文脈でその一節が登場するかは実際に曲を聴いて確かめていただきたいが、わたしはこの一節がたまらなく好きだ。

この一節、というか一文は至極単純な構造をしている。「AはBだった」と言っているだけで、構造的には「それはレゴブロックだった」とさほど変わらない。子どものいる部屋で何か硬いものを踏んで足の裏に激痛が走り、「すわ、出血か?」と焦って確かめてみたあとに発される言葉である。しかし、この一文の「それ」を「あれ」に、「レゴブロック」を「恋」に置換するだけで(だけで?)、こんなにも詩情があふれるのである。

レゴブロックの凶器性はともかくとして、今日は「あれは恋だった」という話をしたい。

中二のとき、二週間の入院をした。学校の階段を駆け下りるときに転落し、左足を骨折したのだ。保健室に担ぎ込まれ、町の病院に運ばれ、さらに街の大病院に移されて手術と入院が告げられた。

担当してくれた看護師のなかに、ギャルがいた。「てか、もう消灯なんだけど〜」と注意してきたりはしないが、十分なギャル性を備えていたと思う。当時二十歳前後の、気さくでかわいらしい女性だった。「今日の担当はあの人だったらいいな」と、わたしは毎日待ち望んでいた。

ある夜のことだ。消灯後、わたしは読書灯のかすかな光の下で『ハリー・ポッターと賢者の石』を読んでいた。映画公開が直前だったこともあり、友人が暇つぶしによかろうと差し入れてくれたのだ。

そこに、彼女が来た。患者がちゃんと寝ているか、もしくは異常がないかを巡回して確認していたのだ。彼女は懐中電灯を片手に病室のカーテンをかきわけ、夜中に読書をするわたしを見つけた。夜更かしをそっととがめるような笑顔を向けたあと、彼女が言った。
「あ〜、森くんもそれ読んどんの?私もう読んだで。結末教えたろか〜」
おかしくなるくらいかわいかった。わたしはたぶん、「やめてくださいよ〜」などと言って、なんとか冷静を装ったはずだ。彼女がカーテンの向こうに消えていく様子を、いまでもなんとなく覚えている。

たいへん気持ち悪い話をしてしまった。全部ウソ、ということにしてもらってかまわない。あの夜を思い出すと胸が痛むが、それはレゴブロックではないと思う。

次回の更新は12月24日月曜日、正午です。下記の通り、来週は(おおげさに言うと)スペシャルウィークです。

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来週12月24日〜28日の五日間は、「歳末お悩み相談ウィーク〜今年の悩み、今年のうちに〜」を開催いたします。皆さんのお悩みに、無い知恵を絞って回答していきます。どんなことでもかまいませんので、こちらまでご投稿いただければ幸いです。記事中で引用しますので、個人情報の記入はお控えください

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