『ヒップホップ・エボリューション』の話

Netflixオリジナルのドキュメンタリー・シリーズ『ヒップホップ・エボリューション』を観た。あまり詳しくないこの音楽ジャンルについて、すこしでも見識を高めたいという理由で視聴を開始したものの、この番組は意外な方法でわたしの胸を打った。

この番組の主旨は単純明快である。70年代にニューヨークのブロンクスで生まれたこの音楽ジャンルの歴史を、生き証人であるアーティスト本人からのインタビューを交えながら追っていくのだ。数多くの貴重な写真や映像が引用され、文字では伝わりにくい当時の感触や感覚をも視聴者に伝える。ヒップホップのDJたちがレコードの一部分を巧みに引用するように、この番組は写真や映像といった記録(record)を鮮やかに編集していくのだ。

では、この番組を楽しめるのはいわゆる「ヘッズ」、このジャンルのファンだけなのか。少なくともわたしはそう思わない。この番組のなかでもっともわたしの胸を打ったのは、「知」を受け継ぎ、発展させていく営みそのものだったからだ。

ある日ニューヨークの片隅で、一人のDJがある方法を思いつく。まず、同じレコードを二枚用意して二枚とも回転させる。次に、片方のレコードのある箇所に針を落とし、ある部分を再生する。その次にもう片方のレコードの同じ箇所に針を落とし、同じ部分を再生する。こうすることで、一つの楽曲の同じ部分だけを延々と繰り返すことができる。

別の日にニューヨークの片隅で、もう一人のDJがその方法を発展させる。レコードの盤面を注視して狙って針を落とすのではなく、針は動かさず、レコードをこする(スクラッチする)ことで早送り・巻き戻しをするのだ。これによって頭出しが正確になるだけでなく、こすれる音自体の快感、レコードが止められ沈黙したときの緊張感、止めたレコードが再び走るときの高揚感などが音楽に加わる結果となった。

大げさかもしれないが、わたしはここに「知性」を見た。「学問」と言ってもいいかもしれない。

先人の知恵を受け継ぎ、磨き、次世代に継承する。そんなアカデミックなことを、ラッパーやDJは「自分が気持ちいいから」「そのほうが作品がかっこよくなるから」などという理由でカジュアルにこなしてしまう。そのクールさに嫉妬したくて、わたしはまたこの番組を視聴してしまうだろう。


次回の更新は2月21日木曜日、正午です。

<お知らせ>2月25日~3月1日の5日間は、「晩冬お悩み相談ウィーク〜この時期が一年でいちばんきつい〜」を開催いたします。皆さんのお悩みに、無い知恵を絞って回答していきます。どんなことでもかまいませんので、こちらまでご投稿いただければ幸いです。記事中で引用しますので、個人情報の記入はお控えください。

励みになります。