スーパーの奥のトイレの話

わたしが生まれ育った町は田舎も田舎で、小学3年か4年のときにサークルKが進出してくるまで、徒歩圏内にコンビニがなかった。だから、お菓子やコロコロコミックといった子どもらしいものを買うためには、町内に一軒だけあるスーパーにいく必要があった。

いつだったか、一人で買い物をしている最中に尿意を催したことがあった。

トイレの場所は知っていた。鮮魚売り場のあたりにある、バックヤードに通じる扉を抜けて右に数メートル進んだところだ。以前に母と店を訪れた際、母が店員に場所を訊ねてくれたのを覚えていたのだ。どう考えても使用前に店員に声がけが必要なタイプのトイレであったが、シャイを理由に無許可で行くことにした。

当然だが、バックヤードは店内よりも暗い。本屋であれおもちゃ屋であれ服屋であれそれは変わらないが、スーパーのそれは少々特別だ。スーパーのバックヤードとは、まだ「生き物」の名残があった肉や魚がパック詰めにされ、完璧な「食べ物」に生まれ変わる場所だからだ。しかもそんなことが店の奥、客の目のない暗い場所で行われているということが、バックヤードの「異世界」感を強めている。

一人でバックヤードに足を踏み入れた瞬間、わたしはとてつもない不安に襲われた。日常=店内とはドア一枚隔てただけなのに、もう二度と帰れないような気がした。それに、尿意は不安を加速させる。頭から下腹部までが硬直してしまったが、まだ冷静な二本の足でトイレに向かい、用を足して店内に戻った。

無事に此岸に戻ってきたわたしの目に映ったのは、いつもと変わらぬスーパーの店内だった。しかし、「いつもと変わらぬ」という証拠はない。わたしには察知できない範囲で、なにかが決定的に違っているかもしれない。ここは本当に、わたしがさっきまでいた店内なのだろうか?

おそらく、小学生のわたしはそこまで具体的には考えていなかっただろう。ただ単に、早くコーラやファミ通を買って帰りたいと思っていただけかもしれない。

あれから二十年以上が経ったが、わたしは未だに自信が持てない。あのときトイレに「行かなかった」もうひとりのわたしが、どこかで別の人生を歩んでいる気さえする。

次回の更新は2月13日水曜日、正午です。

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