他人の恋を盛り上げたい話

ある俳優の不倫が話題になっている。ここまではよくあることだ。しかし、不倫相手とされる二十代の若手女優に対して猛烈なバッシングが起き、彼女は出演中のドラマから「自粛」という形で降板を余儀なくされた。ここまで自体が進むのは、はっきり言って異常だ。彼女が精神的に追い込まれてとんでもないことになってしまうのではないかと、わたしは心配で心配で、お香を焚かねば夜も眠れない。

この件に関するわたしの立場は明快だ。虐待などの違法行為を除いて、他人の家庭に干渉すべきではない、ただそれだけである。つまりわたしは、「他人の不倫を罰し隊」の隊員ではない。むしろ、名誉ある「他人の恋を盛り上げ隊」の隊員なのだ。ちなみに現在の日本では、後者のみが存在を許されるという憲法解釈もある。

いつ入隊したのか定かではないが、わたしの隊員歴は長い。記憶に残るいちばん古い活動は、小学校高学年の頃だ。

田舎の公立小学校に通っていたわたしのアイデンティティは、「メディアに詳しい」ことであった。同級生の見ないテレビを見たり、同級生の読まない本を読んだりすることにとどまらず、当時まだ普及率の低かったインターネットまで駆使して、その自我を尖らせていたのだ。わたしのドリームキャストと父親のVAIOが、三重の田舎を世界とつないでいた。

同級生の女子が片思いをしていることを、わたしはどうやって知ったのだろう。相手は男子であるのに、男子である自分に情報が入ってきたのはどうしてなのだろう。とりあえずは「女子サイドに信頼されていた」という理由にしておくが、とにかくわたしは、ある女子Aが、ある男子Bに思いを寄せていると知った。

サイレンが鳴る。出動だ。わたしは女子Aに話しかけた。
「インターネットで相性診断ができるんやけど」
98年か99年のことだ。当時のネット界は、「あなたの値段」などの診断サイトが流行していた。相性診断はそのひとつで、男女それぞれが別のアンケートに回答することで、二人の相性がわかるというものだった。
「アンケート印刷してくるから、Aはそれ書いて。Bにも書かして、おれがパソコンに打つから」

そうしてわたしは父親のVAIOでサイトにアクセスし、アンケート画面を印刷して二人に渡した。Aはすぐに紙を返した。よく事情のわからないBは、「森さんがまた妙なことやっとるで」を顔に出しながら協力してくれた。片思いがばれないよう、彼には趣旨を説明しなかったのだ。

わたしは二人の回答をサイトに入力した。「診断する」と書かれたグレーの長方形をクリックすると、ダイヤルアップ接続にも関わらず、結果は一瞬で表示された。わたしはそれを一読し、Aに見せても問題がないことを確認すると、枚数を「1」にして印刷した。

結果はたぶん、60%ほどだったと思う。盛り上げ隊のなかには、アンケートを改変して数値を上げればいいと言う無責任な隊員もいることだろう。しかし、無謀な戦いをしないこともまた、優秀な兵士の条件なのだ。わたしはありのままをAに伝え、「応援しとるで」と告げた。

それから二人がどうなったのか、わたしは知らない。なんの噂も立たなかったということは、彼女は行動を起こさなかったのかもしれない。盛り上げ隊員のなかには、なんで告白しないんだよ、つまんねえじゃねえかと言う無責任な隊員もいることだろう。しかしわたしは、彼女の意思を尊重するほかない。なぜなら我々は、「他人の」恋を盛り上げ隊だからだ。自分と他者の境界線は、国境線より太くて濃いのである。

次回の更新は2月1日(土曜日)です。


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