服屋で店員に話しかけられる話

服屋で店員に話しかけられることを苦手とする人は、少なくないと思う。

ためしにGoogleで「服屋 店員 苦手」と検索してみると、0.38秒で約533万件の記事がヒットした。一方「服屋 店員 むしろ買い物後に一緒に飲みに行きたい」と検索すると、0.47秒で約207万件の記事がヒットした。GAFAのGが言うんだから間違いない。服屋の店員に対して、苦手意識を持つ人は少なくないのだ。

かく言うわたしも、その一員だ。

自分の金がどこかの社長が月に行く資金になるのも癪なので、できるかぎり実際の店に足を運ぶようにしている。「俺はおしゃれである」という傲慢さも、逆に「俺はおしゃれじゃない」という卑屈さも持たないように努力しながら、なるべく自然に店内をぶらつく。「努力」と「自然」の相性の悪さには、気づかぬふりをする。

そうしてめぼしいものを物色していると、もちろん店員が話しかけてくる。「よかったら鏡の前で合わせてください」「他にもサイズありますんで」「明るめの色がお好きなんですか」。彼らのセリフは多様であるが、わたしの返答は「あ、はい」一種類である。

店員の努力を否定するわけではない。彼らはただ仕事をしている、つまり「服屋の店員」という役を演じているだけだからだ。「あ、はい」のときのぎこちない笑顔からなんとかわたしの感情を読み取ってほしいとは願うものの、それが叶うことはまれだ。

「だったら店員に言えばいいじゃん」という苛烈な意見もあるかもしれない。だが、「色々見させてください、なんかあったらこちらから声かけますんで〜」とわたしが気さくに言える日は、きっと永遠にやってこないのだ。

平時であれば「めんどくさい」「しょうがない」で収まるこのやりとりであるが、場合によっては「傷つく」という域にまで達することがある。

昨日、帽子屋に行った。

「美容院で髪を切るくらいなら、自分で坊主にして余った美容院代で帽子を買いたい」という極端な思想の持ち主であるわたしは、帽子屋に行くのが好きだ。気に入ったものを被り、自分の頭部のでかさに落ち込み、棚に戻し、別の気に入ったものを被るというサイクルの果てに、「これだ」と思えるものを手に入れるのだ。

接客の仕方において、帽子屋の店員は服屋のそれとほぼ同じだ。一人の店員に「キャップとかお探しですか」と話しかけられたわたしは、失礼にならないギリギリの範疇で、「話しかけないでほしい」ということを表情で伝えた。そうして店内を物色していると、またもやその店員が「その辺は大きいサイズですので」と話しかけてきた。ああ、わかってるのに!棚に書かれた「BIG SIZE」という文字が、ばっちりわたしの目に入っているのに!ほとほと疲れ果てたわたしは、物色もそこそこに店を出た。

そのときのわたしは、「傷ついていた」と言えるだろう。自分の思いが伝わらなかったことに対して、そして、もし伝わっていたとするなら、わたしの感情より商売を優先されたことに対して。あの仕事熱心な店員にとって、わたしは単なる客だったのだろう。いや、客であることは当然だが、人間としては見てくれていなかったのだろう。そんな被害妄想を抱えながら、わたしはとぼとぼと帰路についた。

次回の更新は2月22日金曜日、正午です。

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