不要不急の話

息苦しい!

春が近づき植物が芽吹き、酸素がガンガン放出されている。にも関わらず日本全体が息苦しく重々しい、いやーな感じのトーンに包まれている。日本全体がこの持久戦に参ってきている。

理由はもちろんアレだ。小洒落たバーにおいてある瓶ビールみたいな、昔のトヨタのセダンみたいな名前の、あのウイルスのせいだ。厳密に言えば天災というより人災であり、だからこそ具体的な人名を挙げて批判をしたいところだが、まあやめておく。そんなことより今日は、どうでもいい、不要不急の話をしたい。

この前、回転寿司屋の前を通りかかった。繁華街の路地に面する、カウンターだけのこじんまりした回転寿司屋だ。そういえば回転寿司屋の寿司職人はどこから来るのだろうな、チェーン店の店員とは思えない「江戸っぽさ(江戸にルビ:マジ)」を感じるな、もしかしたら「江戸(江戸にルビ:マジ)っぽさ」の本部研修があるのかな、などと不要不急なことを考えていると、店内にいたある男の姿が目に入った。思わず胸がざわついた。一人の男は回転寿司屋のカウンターで、スキンヘッドを抱えてうなだれていたのだ。

その日男は組をやめた。高校を出てから約二十年、男はずっと、一人のヤクザの背中を追っていた。時代遅れなのは承知で、そのヤクザのことを「兄貴」と呼んでいた。

「兄貴」は昔ながらのヤクザだった。詐欺や薬物で利益を得ることを嫌った。風俗店のトラブルを「解決」したあと、「やっぱ頼りになりますね」と店長に喜ばれるのが好きだった。「うるせえバカ!代わりに俺んときは安くしろ!」とは言うものの、タダにしろとは言わなかった。

ヤクザは時代を読む。組の収入源は絶え間なく変化していく。いまでは売上の30%を密漁が占めていた。しかし「兄貴」は、この密漁ビジネスが嫌いだった。カタギが割を食うからだった。事業からの撤退を何度も組長に直訴したが、そのたびに「兄貴」の地位は下がっていった。ついに「兄貴」は組を辞めた。その名はブラックリストに載り、どこの組にも属せなくなった。

男は憤っていた。なぜ兄貴が、なぜあんなに組に貢献した兄貴が干されるのだろうか。組長の銃刀法違反がバレたとき、身代わりになったのは兄貴ではないか。男は決意した。組長のザクロ石を盗むのだ。組長が先代から引き継いだ三億は下らない青いザクロ石を盗み、換金して渡すのだ。あの小ささなら盗むのも簡単だ。少しだけ割引させたガールズバーで、男はそう決意した。

ある日男が実行し、密猟したカニの倉庫で品定めをしていると、突然舎弟が入ってきた。焦った男は思わずその石を、近くにいたカニの体内に隠した。

男は回転寿司屋のカウンターで、スキンヘッドを抱えてうなだれていた。カニの出荷先を調べ、ようやくたどり着いたこの店で、「カニは売り切れやした!」と言われたのだ。「特製かに味噌汁」も同様だった。男にはもう、「じゃあ甘海老で」と言うことしかできなかった。

原案:アーサー・コナン・ドイル (The Adventure of the Blue Carbuncle  より)

次回の更新は3月7日(土曜日)です。

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