Tの話

もうだめだ。つらすぎる。こんなことがあと二週間もつづいたら、どうにかなってしまうのではないか。色々丸く収まって、普通預金の口座の状態もなかなかに上向いてきたというのに、精神状態は横ばいどころか下を向こうとしている。

原因はもちろん「T」だ。夏前の日本に訪れる、だらだらと雨が降り続くやつだ。名前を書くのも忌まわしいので、今日はそれを「T」と呼ぶ。漬けるとご飯の友になったり、お風呂に入れると爽やかな香りが漂ったりする梅の名を、あんなものに冠したくはないのだ。

朝起きて、カーテンを開ける。いっそざーざー降りならいいのにそうではなく、「降るかもよ」「降らないかもよ」「さあどうする?」みたいに曇り空が不安を煽ってくる。もしくは、霧のような薄い雨が静かに降っていて、「止むかもよ」「止まないかもよ」「念のために傘を持っていったのに、結局使わないと損した気になるし、荷物が増えるとめんどくさいぞ」と脅してくる。それで意を決して止むほうに賭けたのに、会社の昼休みの時間を狙って微妙に耐えきれないくらいの雨量が襲ってくる。Tめ……!いっそ天に唾を吐きたい気分だが、Tとして吐き返されるのがオチだ。

いや、わかっている。貯水という観点で言えば、TはTなりに仕事をしているだけなのだ。ただ、「ダム 貯水量」で検索してみればわかるように、水は十分に溜まっている。それでも不安だからもっと降って貯めておきたい……!という気持ちはわかるが、だったら「ただ曇ってる時間」にはなんの意味があるのか。降るときは降り、晴れるときは晴れる。それが生産性向上の秘訣ではないのか。きっとTは、日曜日に仕事のメールを読んでしまうタイプなのだろう。

ふと、絶望に襲われてしまう。なにもかもがうまくいって、仕事も私生活も順調で、健康に機嫌よく暮らせていて、ついでに老後用の二千万円を貯金できたとしても、毎年Tがやってくるのだ。いっそ北海道に越そうか、でも雪が大変だ、じゃあ冬のうちだけ別の地域で過ごすか、そうすると定職に就けない、ああ、二千万を崩すしかない……。

だから今日は提案したい。Tを止めることはできない。ならばお互い、Tの時期は他人に期待しないようにしよう。インドカレー屋で「ナン?ライス?」と聞かれて「ナン」と答えたのにほかほかのライスが来ても、笑顔で指摘しよう。共用トイレのウォシュレットが「強」になっていたのに気づかずに作動させて腰を抜かしても、前の使用者を恨まずに自分が去るときはそっと「弱」にしておこう。みんなTで大変なのだ。他人を思いやる余裕がないのだ。すべてTが悪いのだ。

天気はバカだが、人間はやさしい。わたしにはそれだけが希望である。

次回の更新は7月13日、土曜日です。


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