IKEAのALGOTの話

まずは嘘をつきたい。IKEAはIkkenya(一軒家)の略である。だからあのブランドが売る家具の多くは、復旧不可能な穴を壁に空けまくる、我々賃貸ワンルーマーを度外視したものなのだ。

そんなIKEAに「ALGOT」というシリーズがある。壁に復旧不可能な穴を空けて支柱を取付け、そこに棚板やポールを設置して服や本などを収納する「多用途なシステム」である。一見、「敷金」という時限付きの呪いにかけられた我々には手の届かない存在に思えるが、世の中には頭のいい人がいるのだ。その頭のいい人は、「ラブリコ」という商品を開発した。

ラブリコは平安伸銅工業という、作業服が似合いそうな、領収書をしっかり保存していそうな社名の日本企業が発売しているインテリア用品である。ツーバイフォーの木材(平べったい木柱を想像してほしい)にこのラブリコをかませ、突っ張り棒のようにラブリコを伸ばすことで、部屋の床と天井にツーバイフォーを「はさむ」ことができる。つまり、部屋のどこにでも柱を出現させられるのだ。だから壁際にこの柱があれば、壁にではなく、この柱に穴を空けることで家具を設置できる。

そう、スウェーデンと日本のタッグのおかげで、我々賃貸ワンルーマーもIkkenyaの住人のようにガンガン穴を空けることができるのだ。うれしい、最高、恵まれている……!と喜べるはずだが、わたしはむしろ不安である。

平安伸銅工業のおかげで、ALGOTを買うことは現実的な選択肢となった。選択肢となった以上、それをとるかどうか迷わなければいけない。別の選択肢と比較しなければならない。そもそも設置できないなら考えなくていいことを、たくさん考えないといけない。

わたしは東京に住んでいる。ありがたいことに、健康上の問題もない。だからどんな飲食店でどんなものを食べようと自由なのだが、たまにその自由を前に呆然としてしまう。選択肢が多すぎてめまいがする。百の選択肢の中から一を選ぶということは、残りの九十九を捨てるということだ。その「捨てる」という行為がこわくてしかたがない。だからわたしは東京のど真ん中で、いつもの店でいつものメニューを選んでしまうのだ。なじみのものを捨てる勇気がないからだ。

サルトルは「人間は自由という刑に処されている」と言った。「ついつい松屋に入ってしまう」とも言った。自由と不安は表裏一体で、それは幸福と不幸とは別の概念なのだ。

わたしはいずれALGOTを買うのだろうか。わからない。確かなことは一つしかない。その選択肢を取るか捨てるかを、わたしは自分の意思で決めねばならないということだ。

次回の更新は8月10日、土曜日です。

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