普段着で花火大会に来る男の話

ちょうど一週間前の土曜日、都内のどこかで花火大会が催されたらしい。昼食をとろうと街を徘徊していたら浴衣姿の女性を何人も見かけ、Twitterで検索をしてその事実を知ったのだ。祭りの情報を知らないというのは、とてもさみしい。自分がこの地域から仲間はずれにされているような、そんな気分になった。

浴衣姿のカップルも見かけた。経年変化の為せる技なのか、パリピめ、リア充め、といった嫉妬はまったくしなくなっていた。むしろ逆に、若い命を燃やせ!後悔のない夏を過ごせ!散ったら散ったで美しい!それはまるで花火のように!と、海の家で働く兄貴分的なバイトリーダー的な気分で眺めていたのだ。「にいに(後輩にはそう呼ばせている)は結婚しないんですか」と聞かれても、「俺はよ、海と結婚したようなもんだからよ」と返答するようなバイトリーダーである。毎年新たに入ってくる女子大生のバイトに恋をして、その女子大生が同い年の男子大生バイトと付き合うのを見てそっと傷つき、夜の海でストロングゼロを飲むようなバイトリーダーである。そういう人が実在するかは知らない。

嫉妬がわかなくなったぶん、別の感情が生まれてきた。素敵な浴衣を着た女性と、いつも通りだろうTシャツと短パンに身を包んだ男性の、大学生同士らしきカップルを見かけたときのことだ。わたしはこの男が許せなかったのだ。

服装の詳細は覚えていない。しかし、短パンの丈が微妙に長かったら尚許せないし、TシャツにTimes New Romanみたいなフォントで謎の英単語が無数に書かれていたら更に許せない。ああ、せっかく女性が気合を入れて浴衣を着てきているのに、その態度はなんなのだろうか。「花火なんて興味ない」的な冷笑がかっこいいとでも思っているのだろうか。せめて「浴衣かわいいね」の一言くらい言ったのだろうか。

この怒りはおそらく、「男の先輩」として生じたものではない。同じ男としてみっともない、ちゃんとしろ、だったら代われという方向の怒りではない。わたしはむしろ、女性の方に感情移入していたのだと思う。

来週は付き合いかけのあの男とのデートだ。せっかくの花火大会だから浴衣を着ていきたい。ファッション誌の浴衣特集を読んでもよくわからないから、友達と一緒にマルイに行った。手を抜きすぎずがんばりすぎず、マルイくらいがちょうどいい気がしたのだ。友達と一緒に浴衣を選び、履物を買うお金はなかったので友達から借りた。友達と別れ、家に帰った。当日焦らないように、Youtubeの動画を見ながら着付けの練習をした。途中で差し込まれるスマホゲームの広告にむかつきながらなんとかやり方を覚えた。当日。早めに起きてシャワーを浴びて着付けをはじめる。またYoutubeを見ながら着付けを進めるが、妙にそわそわしてしまいうまくいかずに汗をかく。待ち合わせまで時間がないのでタオルで拭いてすませる。なんとか着付けを終え、いつものカバンにいつものものを詰め(和風のカバンは用意できなかった)、普段は持ち歩かないモバイルバッテリーも入れる。準備万端。汗をかかないように最寄り駅まで歩き、電車に乗り、待ち合わせ場所を目指す。待ち合わせ時間。二分遅れるとのLINE。やはり五分遅れて相手がやってきた。相手は、いつも通りの格好をしていた。

これくらいの文量の感情移入を、わたしは一瞬で、文字化することなくその女性にぶつけたのだった。が、ぶつけたそれは弾かれた。というよりも、「はいはい」という感じでいなされた。彼女の表情には不満が現れていたが、それでも消えることのない、「この人といて楽しい」という喜びが漏れ出ていたのだ。

わたしは負けた。負けて、二人の幸福を願って、どうでもよくなって本屋に向かった。

次回の更新は8月17日、土曜日です。


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