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文藝賞に一次で落ちた話

8月20日(木)明治記念館にて、選考委員・磯﨑憲一郎氏、島本理生氏、穂村弘氏、村田沙耶香氏により、第57回文藝賞の選考会がおこなわれました。
その結果、受賞作は藤原無雨(ふじわら・むう)「水と礫(れき)」、優秀作は新胡桃(あらた・くるみ)「星に帰れよ」に決定いたしました。
今回、応募総数は2360作(第56回は1840作)。賞開始以来最多の応募総数となりました。(http://www.kawade.co.jp/news/2020/08/57-1.html)

この六行ほどの文章の中に何度探しても自分の名前がないから、わたしは文藝賞に落選したということになる。応募総数が2360だから、この二作を除いた2358のうちの1がわたしの作品で、さらに現実を直視するなら、一次選考を突破しなかった2313のうちの1がわたしの作品だ。つまりこれはもう、思いっきり落ちたのである。

ひたすら落ち込んで落ちきったあとで、熟睡のあとの蒼天の気分で原因を分析するのが、わたしのやり方である。仕事の失敗も恋愛の失敗もそうやって乗り越えてきたから、このたびの「失敗」にも同じように向き合いたい。もちろん数字の性質を知るには、因数分解が有効な手段である。

原因1. 小説を批評する能力がなかった 

おそらく最大の原因はこれだ。わたしはこれまで単なる読者であったから、小説を「おもしろい」「おもしろくない」の両極、またはその中間に分類することしかしてこなかった。自分がした評価の原因が具体的にわからないと、それを真似たり回避したりすることは難しい。「普通の小説なら地の文で説明するが、あえて台詞で説明することで作中のリアリティーを操作しているのだ」など、小説の技術論にまで踏み込んだ批評が必要なのだ。逆に言えば、的確な批評能力があれば、すぐれた小説を読むことでその技術を獲得することができる。わたしは明らかに天才ではないから、そうやって勉強していくしかない。

原因2. 言葉がプロットの手段になっていた

わたしは今回の応募作の執筆に先んじて、詳細なプロットを作った。結末が決まっていたためだ。物語全体のうねりをつくる手段としては有効だったと思うが、いかんせん詳細すぎたのだと思う。そのせいで、文章がプロットのチェックポイントを通過するためのツールとなってしまい、必然的に「ことば」としての力を失った。映画と写真の関係のように、小説は詩を積分したものでなければならない。作中のわたしの文体は、詩としての強度が不足していたのだ。

原因3. プロットが批評の手段になっていた

創作物が現実への批評を含むこと自体は、自然なことである。ただ今回はそのバランスを欠いており、小説全体が批評の枠を出ていなかった。ドッキリと宗教の虚構性と、それに頼らねばならぬ人間という存在。その着眼点自体は悪くはないと思うが、そこから物語がはみだしていない。原因2にも通ずることだが、文体の力が弱まったと同時に登場人物の生命力も削がれ、物語全体を小さくしたのだと思う。

原因4. 自身の長所に気づいていなかった

応募直前、信頼のおける複数の方に原稿を読んでいただいた。そこで得られた感想のなかで、まったく予想外のものがあった。作中、「自身の食欲を喚起して食べた。」というフレーズが登場するが、その簡潔さが魅力的だという。正直に言えば、ここは何度も推敲して書いたのではなく、それ以外に書き方が考えられず、最初に書いたまま直していなかった。しかし考えてみれば、「それ以外に書き方が考えられない」書き方を追求していくことが、自分だけの文体の獲得につながるのではないか。原因1で言及した批評能力を獲得すれば、自分がいま書いている文章の特徴に気づきやすくなるだろう。

原因5. そこまで目新しい設定ではなかった

ドッキリをかけられすぎたお笑い芸人が、次第に現実と虚構の境目を見失う。端的に言えばそれが今作の概要である。これ自体はそこまで目新しいものではないと当初から自覚していたが、わたしはこの設定にマジック・リアリズムの匂いを見出した。お笑いというサブカルチャーと、ガルシア・マルケス的な南米文学が混ざったらおもしろいだろうと思った。ただよく考えれば、「お笑い」を「ロールプレイングゲーム」に置き換えれば『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』がすでにあるし、そもそも現代の日本文学において、お笑いというモチーフはそこまで珍しくないのだ。珍しさや目新しさがすべてではないが、それで勝負しようというならば、時代を読む目を鍛える必要がある。

以上、失敗の理由を長々と述べてきた。こうして一つずつ分解してみると、どの要素も(長期的には)克服が可能であると思える。デビュー一年足らずで芥川賞を受賞した昨年の文藝賞作家・遠野遥氏ですら複数回公募に落選している。彼ほどの天才ではないわたしは、その数倍は時間をかけることになるだろう。

まだはじまったばかりだ。がんばることよりつづけることを意識して、気長にやっていきたい。落選作は下記で読めるので、忌憚のない感想をいただければと思う。

次回の更新は10月17日(土曜日)です。

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