それでも人生はつづく話

ここ三日間ほど、まったく元気がない。寒さが厳しくなっているからだ、気圧が不安定だからだ、学生でも会社員でもない生活にまだ慣れていないからだ。冷静な自分がいくら説得に励もうとも、感情的な自分がそれに応じない。

朝起きて、ニトリの「着る毛布」に身を包んで、食事やら勉強やら原稿やらをこなして、風呂に入って寝る。元気なときであれば、この生活の穏やかさを素直にありがたく思えるはずだ。しかしやる気もなく、元気もなく、井脇でもない最近は、この穏やかさを「無意味さ」に変換してしまう。ちなみにこのフレーズは、元衆議院議員である井脇ノブ子氏のキャッチフレーズをもじったものである。そんな解説を自らしてしまうほど、いまのわたしには自信がない。

なにもかもうまくいかなそうなときは、冒険する気が失せる。昨夜渋谷にいたわたしは、夕飯に松屋を選んだ。

松屋はいい。絶対に期待を下回らない。そもそも期待が低いのもあるが、上回ることもないかわりに、下回ることもない。わたしは券売機で期間限定メニューを注文し、代金をSuicaで支払った。決済完了を知らせる電子音が、店の入口に漏れ入ってくる冬の空気に響いた。

隣の客と二席ほど空けて着席すると、Uの字のカウンターの彼岸に、見覚えのある人物がいた。知人や友人ではないな、だとすると有名人だろうか。脳内で必死に検索した結果、答えが出た。十数年前に事件を起こして、人気グループを脱退した元歌手の男性だった。

彼のいまの仕事を知らないので、「元」歌手かどうかはわからない。ただ確かなことは、かつて一世を風靡したグループの元メンバーが、誰にも気づかれずに松屋で食事をしているということだ。

写真週刊誌に載れば「凋落」や「孤独」という文字が踊りそうな光景だったが、果たしてそれは的確なのだろうか。彼は淡々と、日々を全うして生きているだけなのではないか。それに、守りたいものや愛する人に囲まれているかもしれないではないか。

彼の姿を見て痛感したのは、それでも人生はつづくということだ。何かのきっかけで「凋落」し、世間から忘れられようと、それでも人生はつづくのだ。これを絶望ととらえることもできるが、昨夜は違った。大げさだが、「あんたも生きればいいんじゃない」と言われた気がした。

チーズタッカルビ鍋定食が、胸に沁みる夜だった。

次回の更新は12月18日火曜日、正午です。

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