いい感じの肉バルの話

最初に断っておくが、今日は体調が悪い。この一週間(というか一ヶ月間)色々なことがあって、それが金曜日に一段落した途端に風邪をひいた。なんとなくだるく、頭も痛いので気圧低下を疑ったが(わたしは大抵のことを気圧のせいにする)、愛用してやまないアプリ「頭痛ーる」によれば気圧はむしろ上がっていた。だからわたしはいま、どこに出しても恥ずかしくない、立派な体調不良なのである。

おそらく誰しも、頭が痛いとイライラする。イライラすると冷静な判断ができなくなる。心霊スポットに行くと頭痛が起こる人の話をよく聞くが、霊がいるから頭痛が起こるというより、頭痛によって霊が「見えてしまう」のだと思う。わたしには「霊感」はないもの、頭痛が起こると普段以上に見えるものがある。それは他人のイライラである。

近所にいい感じの肉バルがある。味、価格、店の雰囲気、フレンドリーな店員、全体的な「映え」、すべてがいい感じの肉バルだ。一人で行ってもグループで行ってもいいし、ゆっくりとお酒を飲むのにも使えるし、ランチタイムにはサラダとスープ付きの手頃なセットがある。きっとわたしの住むアパートが不動産屋で紹介されるときは、「いい感じの肉バル 徒歩三分」と備考欄に表記されることだろう。三分では着かないという説もあるが、空腹時にいい感じの肉バルに向かうときの足の速さを考えれば、あながち間違いではないはずだ。

それほどまでにいい感じの肉バルだが、一度行ったきり、わたしはもうこの店には行かない。「なぜだ!それほどいい感じならば、平日でも休日でも気軽に行けるではないか!」と疑問に思う方もいるかもしれない。「近所にいい感じの肉バルがあるありがたみがわかっているのか!うちの近所にははんこ屋さん21しかないんだぞ!」と憤る方もいるかもしれない。だが無理なのだ。わたしは店の前の路地で、店長がバイトを叱っている姿を見てしまったのだから。

あれは土曜日の14時くらいだったと思う。わたしは近くのスーパーに行くため、肉バルの前の道を通っていた。ふと見ると、電柱のそばに二人の男が立っている。一人は気の強そうな髭面のがっしりした男、もうひとりは気の弱そうなメガネのヤサ男だ。二人とも色違いのボーダーシャツを着て、腰元にエプロンをつけている。どうやら肉バルの店員らしい。髭面のあまりに渋く通りのいい声は、盗み聞きなど趣味ではないわたしの耳にも届いてしまった。髭面は確かにこう言ったのだ。

「お前マジお客様のこと考えてんの?」

わたしは恐怖した。あの「いい感じの肉バル」の裏には、こんな感情が渦巻いていたのだ。客席から見えた美しい景色は、舞台裏から見ればただのベニヤだったのだ。ポップな色使いのシャツと「お前マジ」のコントラストに、わたしはめまいを覚えた。

バイトが何をしでかしたのかは知らない。「食前にアイスコーヒー」と頼まれて食後にホットコーヒーを出したのかもしれないし、イスラム教徒に「おすすめを」と頼まれてローストポークを出したのかもしれない。

しかし、そんなことはどうでもいい。路上で説教され恥をかくバイト、客を思うゆえに「お前マジ」を放った店長、それを見て心が離れた客(わたし)、三人が三人とも損をしている。落語の『三方一両損』はこんな話ではないし、店内で説教すれば何も問題はなかったのだ。「なじみの店」という未来は、こうして失われた。

頭が痛いと、このようなイライラを街じゅうで感知してしまう。コンビニで、本屋で、電車で、道で、あらゆるタイプのイライラを拾ってしまう。だから今日はソファで横になり、好きな音楽でも聴いてゆっくりと過ごしていたい。家から出なければ平穏に過ごせるはずなのに、Amazonで頼んだものがまだ発送されず、わたしはイライラしている。

次回の更新は5月18日土曜日、正午です。


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