上野動物園の話

令和元年五月x日 上野動物園訪問記

「もうファンではなくなったアイドルのグッズを売却するために秋葉原に行く」という切ない用事のあと、わたしは暇を持て余していた。切なさが暇に拍車をかけ、ただ漫然と過ごしたくない、なにか特別なことをしたいという気持ちになった。予報が外れて今日は晴れている。わたしは上野動物園まで歩くことにした。

1. ヒト
上野動物園は上野公園のなかにある。上野公園は上野駅公園口の真ん前にある。平日の昼とは思えないほどの賑わいを見せる公園内を進んでいくと、片言の、しかし真摯な思いのこもった日本語が聞こえてきた。声のする方を見ると、アフリカ系らしき男性が「ガーナに小学校を!」などと叫びながら、募金箱を手にしていた。「ヒト 地球のほぼ全域に生息 他の個体を思いやることができる」という説明書きが頭に浮かんだ。

2. ジャイアントパンダ
表門から入場して、最初に目に入ったのはジャイアントパンダのコーナーだった。いまでも長い行列ができている。警備員が手にしている看板を見ると、待ち時間は50分ほどらしい。50分間も立っていたら尿意が湧いてしまうのではないか、という動物的な心配があったので並ぶのはやめた。

3. ジャイアントパンダモドキ
その隣に、誰も見向きもしない檻があった。園内マップによれば「ジャイアントパンダモドキ」がいるらしい。わたしは檻の中をのぞいた。ジャイアントパンダにしか見えない生き物が、吊り下げられたタイヤに乗りながら笹を食べるというフォトジェニックな姿を見せていた。なぜこちらには行列ができないのか、これのどこが「モドキ」なのか、わたしは情報を求めた。檻の前に置かれた説明書きによれば、世界中にちょうど100人いるジャイアントパンダの権威のなかで、ただ一人だけが「どうも違う気がする」としてこれをジャイアントパンダと認めていないのだという。また、その一人は「学者モドキ」と揶揄され、学会追放の危機にあるという。わたしはこの学者を応援したくなった。同時に、「モドキ」だから並ばない、という客の判断も理解できた。

4. カバ
「カバが後ろを向いたら注意!フンが檻の外まで飛んでくる可能性があります!」という注意喚起の看板がある。客たちは常にフンの飛来に怯えながらカバを眺めていた。客の一人が「うわあ」と歓声を上げた。見ると、数頭いるうちの一頭が、「なにがおもしろいんだよ」みたいな表情でモリモリとフンをしていた。

5. スリ・チカン
コウモリなどを室内展示する施設の入り口に、「スリ・チカンにご注意ください」という注意書きがあった。どうやら「スリ・チカン」という動物が檻から逃げ出し、客を襲うらしい。

6. ヒト
動物園を出て駅に向かっていると、再びあの声がわたしの耳に入ってきた。彼は数時間もそこで、誰かのために声を張り上げていたのだ。わたしは思わず感動したが、「ヒト 地球のほぼ全域に生息 他の個体の姿を見習おうとするが、明日には忘れる」という説明書きが頭に浮かんだ。

次回の更新は5月25日土曜日、正午(予定)です。

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