見覚えの正体の話

最寄り駅の近くを歩いていたら、見覚えのある女性が向こう側から歩いてきた。

黒を基調としたコーディネートに身を包み、歳は20代前半くらいの、おそらく中東にルーツを持つと思われる彼女をちらちらと見ながら、わたしは頭をフル回転させていた。確実に見覚えがあるが、どこで会ったかわからないのだ。

仕事で会ったのだろうか。友達の友達として一度紹介されたのだろうか。なにかとんでもないごたごたが彼女とのあいだにあったのに、すっかり忘れてしまったのだろうか。もしくは前世で……という思考に突入する直前、彼女の服が緑色に見えてきた。近所のセブンイレブンの店員だったのだ。

誰にも伝えたことがなかったし、そもそもそんな立場でもないのだが、彼女の働きぶりには内心好感を持っていた。淡々と、かつ無駄のない動きで、時給に見合った労働を全うする……。サービス強要国・日本に染まらないたくましい彼女を、わたしはある種尊敬していた。

店内でも話したことのない彼女に、開口一番「尊敬してます」と言うわけにはいかない。わたしは目を合わせないようにしてその場を立ち去った。

それからしばらくして、件のセブンイレブンに行く機会があった。レジには店員が二人。彼女のレジは稼働しておらず、わたしはもう一人が担当するレジに呼ばれた。

その「もう一人」は、おそらく中国系と思われる、彼女と同年代らしき女性だった。一日頑張った自分へのご褒美に買った「しろくま」をスキャンしてもらい、「Suicaで」と言おうとした途端、レジの奥にある機械が異音を発し、尊敬すべき彼女が点検にかけつけた。やはり頼りになる。そのあと「もう一人」が機械に対する愚痴をこぼすと、彼女が笑顔で応えた。

彼女の笑顔を見たのは、それがはじめてだった。いつも淡々と、かつ無駄のない動きで、時給に見合った労働を全うする彼女を尊敬していたが、同時にわたしは心配もしていた。このサービス強要国・日本の生活に心を苛まれ、孤独に苦しんでいるのではないか。年に一回あるかないかの帰国だけを楽しみに、「日本人出せよ」といった愚かな客の暴言に日々耐えているのではないか……。

完全に妄想かつ余計なお世話であり、そもそも彼女が日本で生まれ育った可能性もあるのだが、わたしはそんなことを考えていたのだ。だがそれも杞憂だった。彼女には、笑顔を交わせる友人がいたのだ!

「いたのだ!」に浸りたい思いはあったものの、わたしは「普通の客」を全うするため、いつも通りに店を出た。「普通の店員」から漏れだしたような彼女の笑顔を思い出すとくすぐったくなり、それを振り払おうとわたしは、いつもより速く家まで歩いた。

次回の更新は4月10日水曜日、午前中です。

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