不眠の話

眠るのが不得意である。「不眠症」とは言いたくないのでそう表現しておくが、眠りにつくという点において、筋金入りの不得意である。

筋金の存在を認識したのは、保育園の昼寝の時間だった。

当時五歳かそこらだったわたしは、先生の「お昼寝の時間ですよ〜」の掛け声からわずかな時間で「スヤァ」に突入する級友たちの姿を見て、こいつら気持ちよさそうに「スヤァ」しやがってと憎しみを抱きながら、自分が少数派であることを痛感していた。「多様性」なんて概念を身につける前の未熟なわたしは、自分が劣った存在なのではないかと恐怖した。「ぼくもみんなと同じように寝たい!子どもらしく、外で遊び回った疲れから自然と眠りにつきたい!スヤァァァァ!」という願いは、ほとんど叶うことがなかった。なんと悲しいことだろうか、保育園の天井はわたしの目に、多数派の優越感が漏れたような「スヤァ」はわたしの耳に、今も根深く残っている。

そんなルサンチマンを抱えた不眠人生であるから、気持ちよく眠りにつけた経験は「勝利」として胸に刻みつけられる。わたしの最新の「勝利」は、一年前の夏のことである。

大学の後輩に誘われて、一日だけではあるがフジ・ロック・フェスティバルに参加した。早起きし、新幹線に乗り、越後湯沢駅でシャトルバスに乗り込み、昼からライブを楽しみ、途中で酒を飲んだりフェス飯を食べたり雨に打たれたりしながら徹夜で遊んだあと、勝利は訪れる。早朝、会場から越後湯沢駅へ向かうバスへ乗り込んだわたしは、遊びきった充足感と、心地よい肉体の疲れを感じていた。窓側の座席に座り、暖かい日差しに身を任せると、バスが発車した。少しのあいだ後輩と感想を交わしたあと、バスがトンネルを過ぎたあたりから勝利の気配を感じた。
「すわ、これは『勝利』か…?」
その直後、視界が真っ暗になり、目覚めたときには到著間近だった。完全勝利である。これは想像する他ないが、勝利中のわたしの顔は、かつて保育園で昼寝をむさぼっていた級友の誰よりも輝きに満ちていただろう。なにせ「外で遊び回った疲れから自然と眠りにつきたい」という十数年越しの願いが叶ったのだ。眠りを妨げないように、そっと胴上げしてほしいくらいだ。

その日は帰宅後に夕方近くまで爆睡し、そのせいで夜は不眠に苦しむこととなった。盛者必衰とは、このことを言うのだと思う。

次回の更新は、10月25日木曜日の正午です。


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