『婚活38度線』の話

いま韓国では、脱北女性と韓国の男性のカップルが次々と誕生している―。

そんな刺激的なナレーションで幕が上がるドキュメンタリー番組『婚活38度線~脱北女性たち・南北融和の中で~』を観た。韓国の男性にとっての「北の女性神話」が、今年四月の南北首脳会談以降、より強くなっているというのだ。

わたしなりに「神話」をまとめると、「北朝鮮の女性は、韓国の女性より男にとって都合がいい」ということになる。容姿端麗、勤勉、金遣いが荒くない、贅沢を求めない、家事をこなす、男を立てる…。すべて男性本位の「神話」である。番組に登場する南北カップル専門の結婚相談所のスタッフは、この理想像を「1960年代の韓国女性」と表現する。

神話を強化するもののひとつに、「脱北女性バラエティー」がある。2011年から韓国の各テレビ局で(一局ではない)、脱北者が出演するバラエティー番組が放送され始めたのだ。「健気な脱北女性の姿に、韓国男性はとりこになっている」というナレーションの通り、この種の番組中で脱北女性たちは、ある種の理想を体現する。「平日働き詰めの男性に子どもの相手なんかさせられない」と語る脱北女性のような相手を求めて、男たちは結婚相談所の門をたたく。

番組は、主に三人の女性にスポットライトをあてる。32歳のチョン・セッピョルさん、29歳のソン・ユジンさん、34歳のイ・ダヨンさんである。一見、韓国の街中でふつうに見かけそうな女性たちであるが、様々な事情を抱えており、全員仮名である(モザイクはかけられていない)。

その中でとくに印象的だったのは、セッピョルさんの「はじめての婚活」である。結婚相談所で彼女のプロフィールを見たある男性に「容姿と家庭的な雰囲気」を気に入られ、「熱烈」なオファーを受け、初デートをすることになったのだ。

セッピョルさんにとって「見た目はタイプじゃなかった」その男性とのコーヒーデートは、傍から見ても寒々しいものだった。脱北女性バラエティーのファンであったその男性は、頭の中で膨らんだ神話をセッピョルさんに遠慮なくぶつけるのだ。おそらく、悪気はないのだろう。なんなら褒め言葉のつもりだったのかもしれないが、色眼鏡で見られるのを嫌う彼女は心を閉ざす。デートの最後、店外まで彼女を送ろうとしたとき、座席に足をぶつける彼の姿が悲しい。

デートを終えた彼女は、「私も韓国の女性と同じなのに、いくら努力しても報われない」と嘆く。「自由は命より重い」とまで語るリベラルな彼女にとって、「北の女性神話」は足かせでしかないのだろう。

番組中で興味深いデータが提示される。脱北理由に変化が見られるというのだ。1998年から2008年までの脱北者の間で63.6%を占めた「生活苦」は、2017年では22.9%に落ちた。それより多い23.6%を占めたのは、「体制への不満」だ。わたしの主観だが、これは「自由を求めて」と言い換えられるのではないか。

多くの場合、脱北は命がけである。ブローカーに渡す大金も必要だ。そこまでして人は自由を求めるものなのかと、震える思いだった。生まれてから今までぬくぬくと暮らしてきたわたしには、その渇望は想像するしかない。

今回取り上げなかった二人の女性、ユジンさんとダヨンさんはまったく違う事情を抱えている。ぜひ、NHKオンデマンドなどでご視聴いただきたい。

http://www4.nhk.or.jp/bs1sp/x/2018-11-11/11/30028/2409345/

次回の更新は11月14日水曜日、正午です。

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