中2のトイレ掃除の話

中2のとき、死ぬほど真面目に学校のトイレ掃除をしていた。記憶が曖昧で、もしかすると中3かもしれない。しかし、どちらにせよあの歌が発売される前だったから、「女神様がいるんやで」と思ってやっていたわけではない。

いまもそうだと思うが、当時の公立の中学校では、生徒自身が校内の掃除を行っていた。母校では「掃除の時間」というのが確か給食と午後の授業の合間にあり、各クラスに割り振られた掃除場所を、さらにクラスのなかの班で週ごとに交代で担当していた。

わが2年D組は、数あるトイレのうち一階西側を担当していた。

多感になり、反抗心が芽生えて、いろいろなことに目覚めはじめていた時期のトイレ掃除である。普通は手を抜くだろう。「手を抜くほうがモテる」「便器のアレをあえて見逃すほうがモテる」などと、バブル期のホットドッグ・プレスなら書いたかもしれない。「真面目にトイレ掃除をする」ということは、それほどまでにダサいことだったのだ。

だが、わたしの所属する班は違った。メンバーにひとり、体が大きく、ひねくれの二乗を起こした者がおり(わたしのことだ)、「ダサいことを真面目にやることが逆かっこいい」などという思いから、班員たちをアジテートしていったのである。

下記はその「革命」の記録である。しかし、ひとりの当事者が自ら歴史を描くということで、客観性が大いに損なわれることはご留意いただきたい。

我々はまず、靴下を脱いだ。

当時の母校では、内履きとして上靴ではなくゴムのスリッパが採用されていた。しかも、男女別カラーである。生徒は皆、白い靴下の下にそのスリッパを履いて学園生活を送っていたのだ。

緊急避難のときの脱げやすさにおいても、ジェンダーフリーの観点においても、多分に欠点がある当時のスリッパであったが、二つの長所があった。上靴と違って、裸足で履いても気持ち悪くないこと。もう一つは、豪快に丸洗いできることだ。

靴下を脱ぐという発想に至る前、我々は苦しんでいた。トイレの床を濡らし、デッキブラシでをそこを磨く際、どうしても水がはねてしまうのだ。ジャージの裾はまくればいいし(言い忘れたが制服はジャージだ。もちろん男女別カラーである)、スリッパは最悪洗えばいいのだが、靴下だけはどうしようもなかった。我々がやるせない思いで床磨き(ジャンケンで負けた一人は便器磨き)をしていると、ふいに女神の声が聞こえた。

「裸足でやればええんやで」

天啓であった。我々はすぐに靴下を脱ぎ、ポケットに入れた。磨く速度は見る見る上がる。なにせ、汚れたってかまわないのだ。トイレを出てすぐのところにある手洗い場で、スリッパを履いたまま足を丸洗いすればいいのだから。当然足が濡れるが、放っておけば乾くだろう。

それから我が班は、「トイレ掃除ガチ」として校内に名声を轟かせた。担任も鼻が高かったことだろう。次第にクラス内にもこの手法が波及し、果ては女子までもがジャージの裾をまくり、裸足を手洗い場で洗いながら、「森さんみたいにやってみたで」とわたしに笑顔を見せてくれた。彼女の透き通るような白い肌が、臙脂色のダサいスリッパに映えていた。

以上が「革命」の記録である。

しかし、忘れてはいけない。我々は自らの意志で靴下を脱いだのだ。自らの意志で足を丸洗いし、午後の授業を「乾燥」に費やしたのだ。決してこれは、強制されてはならないのである。

次回の更新は3月5日火曜日、正午です。

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