十四、縁の下の力持ち

若い連中との距離が縮まった。女子社員が俺を見てニコッとする。

幹部には警戒されている。大した用事も無いのに、職場に顔を出す。今まで荷造り場なんて下っ端の職場には、一度も来たことが無かったのに。俺は素知らぬ顔で俵巻きに精を出す。

「きみ、作業中のタバコは止めなさい。」

憎々しい目で睨まれる。

会社の慰安旅行で伊豆下田へ行った。ウチで寝ていた方が余程マシなのになあ。そう言う若い連中と夜通し語らう。

「店の連中は皆んな真面目で人が良いだろう?皆んな一所懸命働いている。長い人はもう二十年も店に居るが、生活は楽じゃない。でも誰が悪い訳でもないんだ。仕組みが悪いんだよ。」

「皆んな自信を持たなくちゃ。俺たちが働かなければ、荷物一個動かないんだ。生活に困っているなら、体を壊すほど働いているなら、団結して声を上げれば良いんだ。」

真面目な話は続かない。誰々が年増の厚化粧に筆おろしをされただの、田舎の姉さんに似ていて上手くできなかっただの、そんな話で盛り上がる。それで良いさ。青春を謳歌せよ。

きょうも荷造り場は生きている。気が滅入るような雨の中、広い間口を目いっぱいに広げて人と物を吐き出し飲み込む。

キューっと言う甲高い音を立てて急停車するトラック。飛び出すと、中年の女性が跳ね飛ばされて、見るも無残な姿で倒れている。南から吹き付ける雨に傘を横ざしにしたのが良くなかった。飛ばしているトラック。路上が濡れていて避け切れなかった。

そんな情景を見慣れている。ものの三分と経たぬうちに救急車がやって来る。まったく早い。タクシーが単車と衝突して、運転手が大喧嘩をしている。事故が多い所だ。

外の騒動に負けず劣らず、怒鳴りちらす荷造り場の若い連中。疲労困憊の体も大声を出せばもう少しだけ動く。昨夜は血反吐を吐いて倒れたのがいた。気負い過ぎれば体を壊す。

デコシャコと不ぞろいに並んだビルの合間から、晴れ間が見える。ふと気が抜ける瞬間。

「あのー。」若い女性が道を聞いてくる。聞かれた方はエヘラエヘラして懇切丁寧に教えている。ここへ道を尋ねて来る人は多い。若い奴らばかりの仕事場だ。気やすい感じなんだろう。

彼らは殆どが二十代。ともすれば殺伐としがちな仕事場をかろうじて明るくしているのは、この若さだろう。俺もつい年を忘れてしまう。

灰色の作業着を着て、ぱっくり口を開けたズック靴を引きずりながら、全く雑役のような仕事を始めてもう二年。手指の節々が硬くなり、肩の筋肉が締まり腕っ節も強くなった。これまで幾度も職場を変え、多くの人たちと交わってきたが、この荷造り場ほど気安く、野放図にいられた場所は無い。

戸山ヶ原の畑仲間に、特攻の訓練中に敗戦を迎えた若者が居た。満州に居た一家を待っていたが、消息不明のままだった。彼に革新党に誘われたことがある。その時俺は、安易に自らの立場を転身させる人たちに軽蔑を覚えていた。流されたくは無い。自らの頭で考えるんだ。

役所で働きながら学んだ「資本論」。毎夜自宅で飛び交った「革命」とか「労働者階級へのヘゲモニー」などの言葉、言葉。

考えるには十分考えた。俺はここで、あんたたちが毎夜口にした「労働者」たちと、働いている。この小さな会社で、俺は組合を作るぞ。ともすれば観念的形式的に陥ってしまう思考を捨てて、早く暗中模索の域を脱さなければ。俺ももう三十三。

もうすぐマル通のトラックが集荷に来る。きょうはこの大量の荷物を是が非でも仕上げなければならない。注文があってからもう二十日も経っている。営業部隊から文句も出ようというものだ。女々しい想念は一時ストップ。

充満する殺気立った空気。俵巻きを放り上げる。筵と木毛から出る物凄い埃が渦を巻き始める。

突如、これから大量の入荷があると連絡が入る。狭い荷造り場はもうお手上げだ。エレベーターに乗り切らない俵巻きを担ぎ、ハアハアと息切れしながら階段を駆け上がり、駆け下りる。うず高く積まれた商品で灯りは遮られ、薄闇の中を駆け回る。それでも欠品・傷物は出さない。

「給料がこんなに安くて、そう働けるかい」

そう冗談は飛ばしても、やはりやるべき仕事はきちんとやる。間違いの無い仕事をしたいと思う。

凡ての力を出し切って、一日でのびてしまうような仕事のやり方が最善だとは、誰も思っていない。

「分からねーのかなあ。こういうことが。」

田上が宙を見上げて呟いた。

営業の、買い付けの、管理部門の、誰かの怠りが重なり重なって荷造り場に皺寄せがくる。俺たちは最後の砦だから、何とかするしか無い。

何とかマル通に荷物を載せ切った。やれやれ。皆んなの顔が泥のように澱んでいる。整理仕切れなかった入荷品は、明日に回そう。

この若い連中が報われる、仕組みを作るぞ。俺が作ってやる。そして、やり方を教えてやるからな。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?