『鳥をつくる』に関するノート

『鳥をつくる』が出版されました

 2023年6月15日に、混声合唱組曲『鳥をつくる』の楽譜がブレーンから出版されました。

混声四部合唱(div.なし)とピアノのためのオーソドックスな組曲であり、合唱団の規模や団員の世代を問わない親しみやすい曲(のはず)ですが、この組曲を書くに当たっては、ある音楽的な課題を自らに課していました。

その課題を知ること自体はこの作品を歌うにあたっても聞くにあたってもほとんど必要ではないのですが、「こんなことを考えて作曲している人もいるんだなあ」と思ってもらえることもあるのでは、と思い、備忘がてら記事を書くことにしました。ご笑覧ください。

ヒップホップ以降のJ-Pop

私はしばしば「『日本の合唱』以外の文化を参照しながら、それへの応答として」合唱作品を書いています。その文化は音楽の場合もあるし、音楽以外の場合もあるのですが、この作品を書いていた頃は、ヒップホップ以降のJ-Popの達成に対して、合唱曲は何ができるか、を考えていました。

具体的に言うと、「歌謡曲」的なものから遠く離れてラップが自在に取り入れられるようになったことで、「歌と語りの相互乗り入れ」や「言葉数の多い歌」がメジャーになる現状に対して、合唱曲を書くことで(勝手に)応答したい、と思ったのです。言葉数の多さについては、長大化する現代詩が合唱曲の「サイズ感」とそぐわなくなっている現状から考えても、現代日本で合唱曲を書く作曲家として一度しっかり実作で考える必要を感じていました。

「歌と語りの相互乗り入れ」に関しては、2024年3月に初演予定の『新しい住みか』(詩は大崎清夏さん)で本格的に取り組みました。別の作品の話ですので割愛しますが、組曲中の1曲「炊飯器」だけ初演されていますので、よろしければお聞きください。

言葉数の多さ

『鳥をつくる』で取り組んだのは、言葉数の多い詩を詩句を削除したりせずに歌いやすい合唱曲にすることでした。ここでの「歌いやすい」には「6分とか7分とかといった長い曲にしない」という含意があります。

ということで、『鳥をつくる』は、曲の長さに比べて、歌われている詩は実は思いのほか長いのです。私の作品のなかで比較的言葉数が多いのは『かなでるからだ』ですので、比較してみます。

『かなでるからだ』のテキストの字数は4曲合計で234+202+373+345=1154字。組曲の演奏時間は17分10秒ですので、1秒あたり1.02字です。対する『鳥をつくる』のテキストの字数は4曲合計で329+298+353+390=1370字。組曲の演奏時間は16分50秒ですので、1秒あたり1.35字です。テキストの詰まり具合は1.32倍です。

ちなみに、一般的な合唱曲ということで信長貴富さんの「初心のうた」(組曲でなく、その表題曲です)で同じ計算をしてみると、174字で3分35秒ですから、1秒あたり0.81字です(しかもこの詩は全編ひらがなです)。

ということで、「初心のうた」と比べると1.67倍、言葉が詰まっていることになります。

ゆっくり演奏していただいてOK

この言葉数の多さをなるべく感じさせないようにすることを、『鳥をつくる』の作曲にあたっては意識しました。気をつけて聞くと「たしかに言葉数が多いなあ」と思われるかもしれませんが、曲調とあいまって、意外と(少なくとも『かなでるからだ』と比べても)そこまで言葉数は気にならないのでは、と思います。

ということで、組曲から「鳥をつくる」および「未来」の叡明高校合唱部による素晴らしい演奏をお聞きください。

どうでしたか? もし「やっぱり言葉数が多い!」と思われた方、実演の際には無理のない範囲までテンポを落としていただいてもよいかと思います。ぜひ尻込みせずに、魚本藤子さんの豊穣な詩の世界を味わい尽くしていただければ幸いです。

おまけ: こんな韻(?)が踏めました

ラップと言えば「韻」ですが、歌にすることを想定していない散文詩の中にはあらかじめ韻は含まれていません。そこから可能な韻を拾い上げるのが作曲の楽しみなのですが、「未来」の大サビで韻(?)を踏むことに成功しました(と私は思っています)。このテキストの中のこことここが対応する、と思って楽曲に反映させたのですが、いかがでしょうか?

「未来」の第5連


「未来」60小節付近
「未来」68小節付近

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