「音楽である私」「音楽がぼくに囁いた」作曲ノート(1) 構想から作曲へ

リモート合唱に特化したtuttiiというWebサイトの企画に指揮者として参加するから、何かリモート合唱らしい新曲を書いてくれないか、と指揮者の三好草平さんから連絡があったのは、2020年の7月下旬のことでした。それ以前に三好草平さんとのタッグで「うたのなか」というWeb会議システムを使ったリアルタイム演奏によるリモート合唱曲を制作していましたので、また面白いことができそうだ、と二つ返事でお引き受けをしました。

では、リモート合唱で今度は何をやろうか? tuttiiではそれぞれの歌い手が(事前に)録音した音源をミキシングして合唱音源を作ることが想定されているので、リアルタイム演奏はできません。いろいろと考えた結果、tuttiiのWebサイトの特性を利用して遊べるものを考えました。

tuttiiでは、楽曲の音取りに役立つよう、演奏音源のオン/オフをパートごとに切り換えることで、任意のパートだけを取り出して聴くことができます。今回の初演音源にもこの機能を応用し、同時演奏可能な複数の曲を作曲することで、Webサイトを訪れた人は、それらの曲を同時に再生したり、片方の曲だけ再生したりすることもできるはずです。音取り音源は音が取れてしまえば「用済み」ですが、これならばオン/オフを切り換えて遊ぶのに何度でもWebサイトを訪れてもらえる。WebサイトのPVに貢献できる点でも悪くないアイディアだと思いました。

もう一つ、初演に携わってくださる歌い手に特別な機会を提供できるというメリットもあります。コンサート会場の初演に携わる、という楽しさは提供できない代わりに、めったにできない「複数曲同時の初演に携わる」機会を提供できるからです。単独で演奏しても通常の合唱曲として成立し、かつ同時演奏も可能という条件を考慮し、最終的には2つの同時演奏可能な混声四部合唱曲を書くことにしました。テキストは大岡信さんの音楽を題材にした2篇、「音楽である私」「音楽がぼくに囁いた」です。久しぶりに音楽を題材にした「ど真ん中直球」の合唱曲を書くことにしました。

作曲は率直に言って、おそろしく大変でした。プロの作曲家として書くのですから、2曲同時に演奏しても細部に至るまできっちりと「ハモる」楽曲にしたい。一方、縦の和音をどの箇所でも完璧に整えるためにメロディの横の流れを生硬なものにはしたくない。また、もっと大局的な点においても難題がありました。2つの詩は構成における「クライマックス」の位置やテキストの分量も異なるため、単純に両方のテキストに作曲していくと、各セクションで片方のテキストが「余って」しまうのです。

ただし、これは悪いことばかりでもありませんでした。普段の私は割と言葉を「詰めて」作曲してしまうのですが、今回は「引き伸ばす」方向性がどうしても必要でしたので、かえってのびのびとしたメロディを書くことができたのです。結果として、横の流れもしなやかなものになりました。このメロディライティングの感覚は今後の作曲にも活かせそうです。

結果としてできあがった曲は、音楽の美しさを高らかに歌い上げる、私自身にとっても大好きな曲になりました。ぜひみなさんも楽譜をお手にとっていただいて、よろしければ初演にも参加していただければ幸いです。

そうそう、2曲の同時演奏を必然性のあるものにするために、2曲をより密接に関連させる仕掛けを施しました。ヒントは、それぞれの楽譜中の歌詞のフォントです。楽譜をお持ちの方は、ぜひその仕掛けを探り当ててみてください。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?