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スキがつかないわけ

二日続けてスキがつかず、悲しかった。なんとなく理由がわかるから、よけい落ち込んだ。
しばらくは、つぶやきにしょうと思った。

今朝、鳥が「早く起きよ、やることがあるだろう」の感じでけたたましくさえずるので、目が覚めた。
励まされたので反省文を書くことにした。

記憶を掘り起こして、思い出を書き連ねるのは、自己満足、自己陶酔にすぎない。
最初はそれでいいと思ってた。

しかし、読んでくれるひとがいたのだ。
「よかったよ」と言ってもらう喜びを味わってしまった。
スキをしてくれるひとは私の文章にどこか
共感してくれたのだろう。

たんに思い出を綴ったところで、私にしてもああそうだったんだ、で終わってしまう。
それがどうしたのと言われるかもしれない。
貴重な時間を割いてくれているのだ。

情報発信ではなくとも、心にとまる「ああそうだったんだね、よかったね、悲しかったね」と共有してもらえる何かが必要なのだ。

文章のうまい、へたではなく、素直な、飾らない、それでも伝えたい気持ちが湧き起こる何か
を書いていかねば、スキはもらえない。

二回続けてスキがつかなかったのは、警告だろう。
「もうやめていいんだよ、三日坊主さん」と言われたようだ。
やめるとは思わないが、弱気になったのは認める。

新たな気持でまた書いてみよう。
日記でも公表するからには、見えないなにかがなければならない。



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