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小短編

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2000字~4000字の小さめの短編
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2021年9月の記事一覧

【小短編】コーヒーの原液みたいなエゴを薄める

電車に揺られて、隣り合わせに座った高校生が二人で話している。 「世界中が敵になっていると、思う日、ない?」 鞄を抱えたほうが、スマホを見ているほうに尋ねる。 「残念ながら、あるねえ」 スマホから目を上げずに頷く。 「王様でも革命家でもロックミュージシャンでもないから、そんなことないって、わかっているんだけど」 鞄のほうも、正面の車窓を眺めたまま、話し続ける。 「王様だって、何様だって、思う日は思うんじゃない」 スマホのほうが、慰めの言葉を掛ける。 「そうかな。だとしたら、少

【小短編】簡単でつまらないスケッチ

私は実家の近くのチェーン店のテラス席で、完全に腐りきった気持ちで煙草を喫っていた。有名美大を出て、デザイナーとして有名広告代理店に勤め、新進気鋭として独立して、失敗して、借金を抱えて破産し、実家に戻って来た矢先だった。 目の前は、暗澹としていた。真の暗闇だった。 「先生。美術のK先生ですよね」 突然、目を射るような光が差した。驚いて煙草をデッキに落とす。私は胡乱だった眼の焦点を合わせた。 テラスの垣根のすぐ目と鼻の先の歩道を歩いていた、ベビーカーを押した青年が私に呼びかけてい