ケーキをお持ち帰りで
職場から少し歩いた場所に喫茶店がある。日替わりランチメニューが700円。サラダとスープ付きだ。
昼食といえば自宅から持参したお弁当か、近所のコンビニしか選択肢のなかった私にとって、新規開拓の喫茶店はちょっとした贅沢でもあった。
時間に余裕があるなら、プラス250円で食後のコーヒーとケーキも付けたい。
しかし弊社の昼休みは短い。値段の割にボリュームのあるランチセットを食べ終えた頃には、店内で過ごせる時間はあと5分程度しかなく、お冷を飲みながらスマホを弄っていたらあっという間だ。
初めて行った時は、紹介してくれた先輩にご馳走になった。
それから数週間後、例の喫茶店に一人で行った。帰り際に見たショーケース越しのケーキが忘れられなかった。あの日はブラウニーとバナナケーキだった。
セットのサラダとスープを運びにきた店員さんに、ケーキを持ち帰りたい旨を伝えた。ランチメニュー以外は知らなかったけれど、テイクアウトをやっている様子は見たことがなかったから、無理を承知でのお願いでもあった。
しばらくして戻って来た店員さんは「保冷剤は付けられないけどいいかしら」と、白い紙袋を渡してくれた。中にはおしぼりと、私が選んだケーキがちょこんと入っていた。
あまりにも嬉しくて、ミックスフライを食べながらケーキのことばかり考えていた。
小休憩のチャイムが聞こえたので、ふらふらと給湯室に向かう。午後からは予期せぬトラブルに追われて、体も心も擦り切れそうだった。
食器棚からお皿とフォークを拝借して、冷蔵庫からケーキの入った紙袋を取り出した。チーズケーキも美味しそうだったけれど、結局はブラウニーを選んだ。今になって思えば、ブラウニーはあの喫茶店の定番なのかもしれない。
いつものインスタントコーヒーを淹れて、いただきますと口を開いた。
ブラウニーのしっとりとした生地に、ずっしりと重みのあるチョコレートが詰まっている。甘さは控えめだ。刻まれたクルミの食感も楽しい。
特別さはないけれど素直に美味しくて、口元がゆるみそうになる。フォークを動かす手は止まらない。
頑張ったご褒美というよりは、欠けたものを埋めるような気分だった。
「あれ、ダイエット宣言してなかった?」
ポットのお湯を注ぎにやって来た人から茶化されて、私はわざとらしく首を振った。
新しく買った服をスマートに着るためのダイエットよりも、今は元気になる方が最優先だ。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?