マガジンのカバー画像

小説

5
運営しているクリエイター

#日本酒

掌編小説「千夜の晩酌」

《不用品です。ご自由にどうぞ》  暖簾を下ろした居酒屋の軒先に、そのような書き置きと木箱があった。  立ち止まった男は、休日の買い出しの帰りだった。  二つに仕切られた木箱の中には徳利と猪口が入っていた。猪口の数は徳利よりも多く、底に蛇の目が描かれた白磁器から、繊細な模様の刻まれた切子まで、色や形状も様々だ。  男は深みのある緑色の猪口を選んでから、折角ならと同じ容姿の徳利を持ち帰ることにした。陶芸の類いはさっぱり分からないが、どこか親しみを感じる陶器の風合いが、死んだ妻に似