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「赤ちゃんポストの真実」を出版して

初めまして。森本修代(のぶよ)と申します。地方紙の記者をしています。

昨年、『赤ちゃんポストの真実』と題した本を出版しました。「赤ちゃんポスト」は熊本市の病院が「捨てられる命を救いたい」という目的で2007年に設置したものです。正式な名称は「こうのとりのゆりかご」といいます。これまで159人の子どもが預けられました。

私は15年から18年までの3年間、担当していました。今後も取材を続けるつもりでしたが、担当を外れたため、業務外の時間を使って取材を続け、本にまとめました。出版前には会社に報告書を提出しました。するとー。

原稿の「デスクをする」と言われました。新聞記事のデスクなら、経験の豊富な人が原稿のデスクをするなら分かりますが、本の「デスク」を出版経験のない人がするのはどうなのかと思いました。それに私は今、「デスク」として業務に当たっています。「見せろと言われるならお見せします。気になる点があれば何なりとご指摘ください。真摯に検討させていただきますが、取り入れるかどうかは最終的には私が判断します」と言って原稿を提出したところー。

結論は「出版は認めない」。渡された紙には「取材不足」「批判される」などと書かれていました。私は、赤ちゃんポストに預けた母親、預けられた子ども、預けられた子どもの養親などにも取材しており、取材には自信を持っています。「取材が不足しているなら、どこがどう不足しているか、指摘してほしい」と言いましたが、「認めないという結論が出たから」としか言われませんでした。しかも、デスクが誰かも教えてもらえませんでした。

「言論の自由」「出版の自由」「表現の自由」を憲法が保障しているにもかかわらず、新聞社がそれを妨害するとは信じられません。私は「言論の自由があるので出版します。それが就業規則に違反するというのであれば、処分でも何でもすればいいじゃないですか。すべてを覚悟して出します」と言って出したところ、本当に懲戒処分(けん責)を受けました。

就業規則には出版する場合、「届け出または了解を得ること」という規定と、「業務に関することを出版する場合、会社の許可を得なければならない」という規定があります。私は「届け出」はしていますが、会社の言い分としては「業務に関すること」なのに許可されていない、ということです。ただ、出版前、当時の編集局長からは「それでも出すなら、業務とは関係ないことを明らかにしておいてほしい。会社は関係ないと書いてほしい」と言われたので、本のあとがきに「○○新聞社は関係ない」と書き添えました。業務とは関係ないと書けと言われ、その通りにしたのに、業務と関係あるとして処分。まったく訳が分かりません。

なぜこんな事態になったのか。それは渡された紙に書いてあった「批判される」という文章に象徴されています。「赤ちゃんポスト」については、報道各社が取材していますが、「命を救う」として美談的なものがほとんどです。しかし、実際に取材してみると、「妻ではない女性との間に生まれた子どもを、母親は育てるつもりなのに実父が母親に黙って置いた」「中国人の夫婦に生まれた双子のうち、先天的な障害がある子どもだけを置いた」「未婚で出産した学校の先生が体面を気にして置いた」などなど、子どもの人権がないがしろにされているケースが少なくありません。少なくとも14人の障害児がいます。

私は知った事実は伝える責任が記者にはあると思っています。だから、知った事実を伝えるため、本に書きました。事実を伝えて何が悪いのでしょうか? なぜ記者が本を書いて処分を受けなければならないのでしょうか。本を書くために業務をすっぽかしたことは一度もありません。何が悪いのか教えてほしい、と何度も言いました。すると「だめと言ったのに従わなかった」と言われました。上から言われたことに素直に従わなければ処分する。何ということでしょう。アイヒマンにならなければ処分するのだそうです、新聞社が。版元が広告を出そうとしたところ、それも「本を認めていない」という理由で断られました。その年は億単位の営業赤字だったんですが。ここまで来れば、組織ぐるみの言論弾圧です。

批判されるかもしれないとは、覚悟していました。「命を救っている人たちに対して何ということを書くのか」と言われるだろうと覚悟していました。これまで赤ちゃんポストを取材した記者たちも想定外のケースがあると知りながら、「でも書くと批判される」と考えたのでしょうし、上の人たちも「批判されることは書くな」という姿勢だったのでしょう。本を認めなかったことは、大きな声ばかり気にして、批判を避けようとして、子どもたちの声なき声に耳を傾けてこなかったことの何よりの証左だと思います。

過去のハンセン病患者の隔離政策による人権侵害をマスメディアが見過ごしてきたことを批判している人たちが、目の前で人権がないがしろにされている事態が発生しているのに見過ごしてしまう。批判しても批判が返ってこない「安全地帯」からしか発言しないのでしょうか。

私がなぜ今、こうしたことを発信しようとしたかと言えば、最近、「内密出産」に関して、相変わらず「大本営発表」そのままの報道が続いているからです。これについては次回また書きます。

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