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「民泊(Airbnbなど)が原因でパリの住宅価格が高騰」という事実はない

先日のYahoo!ニュースに掲載された「民泊の不都合な真実」という記事に、フランスの宿泊業界団体が考える「民泊の問題点」が整理されていた。

結構幅広い論点が出されているのだが、注目したいのはパリ市内の家賃相場の上昇だ。民泊物件が増加した結果、家賃相場が高騰し、市内で住民が住めない状況が生まれている、という。

僕はここで、今月のロンドン市長選の争点を思い出して、おかしいなと思った。多くの人が知っている通り、ロンドンの市長選の大きな争点の一つは住宅問題(相場の高騰)だった。にもかかわらず、僕がメディアをチェックしていた限り、民泊の規制に関する議論はでてきていなかったからだ。

そこで少しパリの住宅価格について調べた結果、出てきたグラフが以下だ。

グラフ:Indices des prix des logements anciens en Île-de-France(イルドフランス(パリ首都圏)における既存住宅の価格推移、2010年第一四半期を100とする)

出所:Institut national de la statistique et des etudes economiques(フランス国立統計経済研究所とでも訳すべきか)

見ての通り、2011年以降、パリの住宅価格関連の指標はどれも横ばい~やや下落気味で、フランスの宿泊業界団体の主張とはだいぶ異なる印象を与える。

また、民泊の代表であるAirbnbがフランスに参入したのが2012年だそうなので(英語版wiki)、少なくとも記事にある民泊によって「パリ市内の家賃相場は数年で急上昇していきました」と言うのは無理がある。

僕の考えでは、それでもこのフランスの業界団体が民泊による不動産価格の急上昇を主張する背景を説明するのが、下のもう一枚のグラフだ。

グラフ:パリ市内の不動産価格指数(2010年第1四半期=100)

出所:パリ フィナンシャルプランニング(元データはイル・ド・フランス地方公証人議会とのこと)

2000年以降、リーマンショック時の一時的な落ち込みはあったものの、基本的にパリの住宅価格は上昇を続けている。パリフィナンシャルプランニングさんが書かれている通り、「2011年に入ってから突然その勢いが止ま」っているものの、おそらくパリ市民の印象は、「住宅価格はここ数年ずっと上がっている」という感じではないだろうか(わざわざインデックスの数字を探す物好きはそんなに多くないだろう)。

ここまでくると、先の業界団体は「住宅価格の高騰は民泊のしわざ」と訴えることで、パリ市民の印象を意図的に操作し、自分たちにとって都合の良い世論を形成しようとしているだけじゃないか、と言われても仕方ないように思われる。(もし別のデータで先のフランスの宿泊業界団体の主張をサポートするデータがあれば、ぜひ教えてください。)

ちなみに、The Economistのこのサイトは色々な国の住宅価格の推移が比較出来て面白い。基準となる年と期間も自由にいじることができる。

一つの主張の根拠が怪しいと、もう他の主張は信じられなくなる

ある利益を代表する団体や集団が、自ら都合の良いデータだけを集めたり、もしくはデータを改ざんしたりすることはよくあることだが、一つでもこうした都合の良い「解釈」を見せられると、僕はどうしても他の論点における主張も信じられなくなる。

もはや、「テロや死亡事故、性的暴行などの温床になっている」とか「納税しないホストが増えている」とか言われても、データを見せてからモノを言え、としか思えなくなってしまう。

特に犯罪の温床だと主張するなら、例えばホテルをベースとしたテロと、民泊を利用したテロ、どちらの方がこれまで確率的に高かったのか、ぜひとも知りたいところだ(つまり、論点としては面白い)。

ちなみに僕は安全・テロ対策などで、規制を強化すべきポイントは少なからずあるんじゃないかな、とは思っている。具体的にどうすべきかまでは考えられていないのだが、少なくともこの記事に出ているフランスの業界団体や、この記事のライター、このイベントを企画した全国旅館ホテル生活衛生同業組合連合会が何を主張しても、耳を貸す気にはならない。

(おそらくこの記事は「提灯記事」で、他にもホテル業界にとって都合の良い主張ばかりが並んでいる。例えば最初に書かれている「現在フランスでは1日に1軒のホテルが廃業か倒産に追い込まれている」という主張については、そもそも何が問題なのか全く分からないし(自動車が世に出た時の馬車組合、冷蔵庫が世に出た時の製氷屋組合もきっと同じような主張を繰り広げただろう)、更に「(ホテル業界の)雇用が奪われる」「ホテル等への宿泊は減少している」など、ホテル業界の都合しか考えていない主張が繰り返し登場する。もはやお腹いっぱいだ。)

※今後、更に民泊が広がった時に住宅市場に影響を与えることもあるかもしれない(但し、今のところ、パリの事例ではその事実はない)、という点だけ補足しておく。


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