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工芸品が届くのを2年ほど待った話

3月初旬。

新型コロナウイルスの感染が世界的な広がりを見せつつあり、ちょうどぼくの会社もバタバタとしていた時期だった。

午前中、取引のある会社の方とzoomで打ち合わせをしていると、ぼくの携帯に、未登録の番号から電話があった。

最近のiPhoneは優秀なので電話が鳴っている間にどの地域の番号か表示される。

「宮城県」

はて、宮城の人で、ぼくの携帯に固定電話から電話をくれるような方はいたかな・・・

その場では電話に出ることができなかったため、午後に折り返した。

「もしもし、午前中にお電話いただいた者ですが・・・」

「あ、こちら、鳴子温泉の土産屋の者です。森本さんの番号でよろしかったですか? あのー、前にご注文いただいたこけしが完成しまして、それでお電話しました。」


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2017年10月に、学生時代からの友人と東北を旅行した際に、鳴子温泉に立ち寄った。

江戸時代の後期、東北地方を訪れた湯治客向けのみやげとして売られるようになったのがこけしの始まりだそうだが、鳴子温泉も例に漏れず、当地特有のこけしが土産物店に並んでいた。

その中の一つに、とてもコンテンポラリーなデザインのこけしがあった。めおと一対のその作品はお値段も「それなり」だったのだが、きっと一期一会と思い、お店の方に購入したい旨を伝えた。

「実は、この棚に出ているこけしは非売品で、売ることができないのよ。同じ作品を注文いただいてから作る形になるのだけれど…。作り手のうちのおじいさんが、結構な歳でね。作れる人も他にいなくて。短くても1年は待ってもらうことになりそうなのだけど、大丈夫かしら」

短くても1年と聞いて驚いたが、せっかくなのでゆっくり待たせていただくことにした。お支払いは完成時で良いと言われたため、名前と電話番号、送り先の住所のみを伝え、お店を出た。


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電話から2~3日、注文していた作品は我が家に届いた。

あの時にメモ帳に書いて渡した住所と今の住まいは変わっていたけれど、当のこけしはあの場所で見たものと変わらずに、美しい形をしていた。

正直、2年6か月も前の話なので、鳴子温泉でこけしを注文したことなどすっかり忘れて日々を過ごしていた。

「短くても1年」と言われていたけれど、遅くなったとも思わない。

この2年6か月、ひとつひとつ注文のあったこけしを作っていたであろう職人さんの姿を思い浮かべると、むしろ、自分のお願いした作品を作ってくださって本当にありがたいなと思った。

来るか来ないかも分からない作品が、時を経て手元に届いたこと。そして、そのていねいな手仕事が、想像を超えて美しかったこと。

あまりふだんしないような買いものを通じて、心が少しだけゆたかになった気がした。

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