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3月19日

雨の匂いがしたから雨が降るんだと思った。でも本当は逆だって分かっていた。「雨に濡れないでね」とあなたが二回言ってくれたから、雨には絶対に濡れたくなかった。から、帰り道、ちゃんと傘をさした。紫色の小さな傘からは、乾いた雨の匂いがした。雨が好き。けっこう好きだよ。本当は、雨に濡れるのも嫌じゃない。

待ち合わせ場所は母校の最寄駅で、それなのに電車を間違えて、それがなんだかかなしかった。毎日通った場所なのに、知らない場所みたいで、だって駅はこんなに綺麗じゃなかったし、待合室は木の色なんてしてなかったし、商店街にファミマとセブンが並んでることなんてなかったし。と、思い出との差異ばかりが浮き彫りになる。
良い街じゃなかった。良い街じゃなくてよかった、良い街よりも懐かしい街であってほしい。それが我儘なのは十分分かっているけれど、そう思う。安くて古くてあんまり美味しくない中華定食屋さんはそのままで、それに少しだけ安心した。唐揚げ、すごくかたいんだよ。でもすごく好きなお店なんだよ。

友人と並んで食べたラーメンはまぁ当然美味しくて、ラーメンがまぁ当然美味しいものであるってことを知ったのは最近。大学三年生まではラーメンのこってり感が苦手だった。苦手と嫌いって何が違うの?って友人が言ってた。多分ラーメンの話ではないね。
トッピングは当然メンマ、味玉、白ネギ。ラーメンのトッピング、わたしの中の当然が、メンマと味玉と白ネギだってことは、今日決めたこと。明日には変わるかもしれない。つけ麺とラーメンの順位も、今日変わってしまったし。
こんな店、あの頃はなかったよね。なかったはずだって言い合ったけれど、きっと当時もあったのでしょう。でもやっぱりなかったよね。だって見えなかった。中学生の時も、高校生の時も全然見えなかった。おいしくない中華屋さんとサイゼ以外なかったよ、この街。

暗い校舎の方が好き。昼間、賑わっていて、明るくて、「久しぶりだね」「元気だった?」って先生が笑いかけてくれる校舎よりも。色々な思い出があるけれど、割愛。

高校一年生の時、駅のホームで二時間くらい本音を語り合ったらしい。本音ってなんだろう。当時の日記帳を開けば思い出すだろうけど、鍵をなくしたので開けません。まぁいいか。160円以内のアイスを買って、サウナみたいな匂いの待合室で食べながら喋った。サウナみたいな匂いって、結局木の匂いだよね。でも二人とも、サウナみたいな匂いだねって思った。
同じ部活だった。同じクラスだった。
あの頃悩みなんてあったのかな、って笑って言ったけれど、当時の私たちが馬鹿みたいに悩んで悩んで悩んで悩んでいたのを、本当は知っているし、あなたも知っていたから、あれは茶番だったね。必要な茶番。いつだって悩んでいて、いつだって苦しくなって、でもラーメン食べたら楽しいしアイス食べたら幸せだった。それが一時でも。

雨が降るから早く帰ることにして、外に出たら雨の匂いがした。雨に濡れないでねって、言われるのは嬉しかった。すごく、すごく。だからあなたも寒くならずに、気持ち良く帰れたら良い。今日だけは雨に濡れたくなかった。

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