小豆島の思い出

妹と二人で行った小豆島 椿の道のベンチ 来ぬバス

独身時代、もちろん子供もいない、
身軽で自由だったころに、
妹と深夜バスに乗って香川県に行った。
なにかの雑誌でうどん特集を見たのだ。
香川ではなぜかベーグルを買いこみ、
袋に入ったかき氷を齧りながら歩き、
うどん屋をいくつもはしごし、
朝ごはんもおやつも昼ごはんもうどんみたいな。
小豆島に渡って宿に落ち着いたんだっけかな。
小豆島はオリーブで有名なのに、
船を降り立てば胡麻油の匂いでいっぱいで、
なんで?って言いながら、
ホテルに着いたら地震が来た。
楽しかったなあ。
もう一回行きたいなあああ。
自由っていいなあ。
ニ、三泊したような気がする。
香川と小豆島と、けっこうあちこち見て回った。
猪熊弦一郎美術館にも行った。
カメラでそのへんをやたら撮りながら歩いた。
金刀比羅神社に行き、
その近くにあるお目当ての堅パン屋へ寄って、
餞別をくれた祖父のぶんの堅パンを買って送った。
「おじいちゃんは堅パンを自分のものだと思って、
お仏壇の奥にしまいこんでちょっとずつ一人で食べていた、
だれにもわけてくれなかった」、
と、今も母によって語り継がれている。
琴電から見る四国の山はぽこぽこしてかわいかった。
日本むかしばなしのやつだ!と何度も驚き言い合った。

小豆島での夕方。
トワイライトゾーンというんだろうか、
マジックアワーだろうか。
とても静かな、青い闇のなか、
ひとけのない山の上のほうの小さなバス停で、
待てど暮らせど来ないバスを待っているうちに、
妹が眠ってしまって、
なんだかとても怖くなり、
心細かったのを覚えている。
どこまでも静かだった。
異世界みたいで、いい大人なのにドキドキした。
今思うとトトロの図じゃないか。
寝ちゃった妹をおんぶしてないけど。
石垣に沿って、椿の花がぼたぼた落ちていた。
遠くに海が見えて、さびしくて、ひどく美しかった。
妹はいよいよ起きないし、バスもぜんぜん来ない。
なんだったのか。
ちょっと今度、この夜のことを、
妹サイドからも聞き取りしてみよう。
おぼえているかな。
バスは来たよな?
そういえば両親の新婚旅行も小豆島だったらしい。
『二十四の瞳』も大好きな映画。悲しいけど。
また行きたいなあ。

それから、ちょうどその頃、
早くに亡くなってしまった高校時代の恩師の、
お母さん(当時80代)と縁あって文通していたのだが、
妹と旅行にいってきまーす、という内容で出した葉書に返事が来ていて、
それがなんかもう、ものすごく、
ものすごく、「うらやましい」と書かれていた。
いつもの文体とは違う熱を帯びていて、
少し不思議だった記憶がある。
うどんを食べたかったわけではないだろう。
もう叶わない夢、会いたくても会えない人。
年を取らなければわからない気持ちがあるんだと思う。
先生のお母さんのことは忘れない。
これも小豆島の思い出のひとつ。

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