後見業務のすゝめ

はじめに

 司法書士の業務は、登記を筆頭に書類作成が中心であり、対人支援である後見業務が中心ということはありません。これは、司法書士の歴史を考えれば当然と言えるでしょうし、LS(リーガルサポート)に入会している司法書士が全司法書士の約3分の1程度であることや、後見業務を数件受任したあと後見業務から撤退する司法書士がいることなどは、それを現す事実と考えます。さらに、LSに登録している司法書士のなかで後見業務を自らの司法書士業務の中心にしているという人は、それほど多くないということも、私の周囲を見ていて感じます。

リーガルサポートの会員数(R4.10.6現在)
https://legal-support.or.jp/general/search/member_information/

 私の周囲でLSに登録している先生方のなかには、後見業務をやるけれど3件までと決めているとか、最大5件までなどと線を引いている方がそれなりにいらっしゃいます。これを数字にあてはめると、後見業務を中心にしている先生は、リーガルサポート会員の4分の1もいないと思われ、数にすると2000人いるかいないかとなります。2023年4月1日の全国の司法書士の数が23059人であることからすると、8%程度の司法書士が後見業務を中心にしていると言えそうです。これは、あくまでも私が勝手に計算したものなので、いい加減な数字であることを付言しておきます。

司法書士の会員数
https://www.shiho-shoshi.or.jp/association/release/rengokai-data/

 後見業務を中心にしている司法書士がそれほど多くないという事実は、後見業務について情報発信をする司法書士も少ないということになります。私が見る限り、ツイッター上で後見業務を中心にしていると思える司法書士は、数えるほどです(皆さんとは実際に会ったりお話をしたりしてみたい方ばかりです)。

 視線を司法書士業界内部ではなく、外に向けてみます。世の中は、高齢化社会を通り越し、高齢社会になりました。一般に、高齢化率が7%を超えた社会を「高齢化社会」、14%を超えた社会を「高齢社会」と呼ぶところ、令和3年10月1日の高齢化率は驚異の28.9%でした(「高齢社会白書」から)。

 高齢者が多くなると、次は多死社会となることが予想され、後見業務だけでなく遺産承継業務や相続関連業務の増加が予想されます。
 と、同時に、成年後見についてはネガティブな報道がされる事実があります。テレビ、ネット記事、雑誌等々。

 社会的には業務がありそう、でも後見業務の情報が少ない、さらにネガティブ報道もある、という状況において、司法書士登録をしたばかりの先生方のなかに、後見業務をやってみたいけど何となく躊躇してしまう、そんな方もいるのではないかと私は想像しました。
 そこで、高齢社会の現状において、司法書士の新登録者が後見の世界に入ることを躊躇うのは社会的にも業界的にもその先生的にも損失と考えますので、後見業務を中心にしている自分が後見業務のすゝめを説くことによって、新登録者の背中を押してみたいと大胆不敵な企てを以下に試みます。

後見業務のすゝめ①仕事がある

 登記は、今後、件数が減少する、AIにとって代わられる、などとまことしやかに言われる昨今ですが、データで確認します。

不動産登記件数
1992年~2021年

 まず、1990年代と比較すると、明らかに件数が減っていることはわかります。グラフは全体的に右肩下がりの傾向と言わざるを得ません。
 一方、直近10年のグラフにしてみると、こうなります。

不動産登記件数
2012年~2021年

 これでも、少し減少傾向でしょうか。
 次に、商業登記です。

商業登記(会社)件数
1992年~2021年

 1990年代と現在を比較すると、ほぼ横ばいと言えそうです。
 直近10年にするとこうなります。横ばいから少し増加傾向のようです。

商業登記(会社)件数
2012年~2021年

 結局、この10年の推移をみると、不動産と商業を併せた全体としては、それほど変わらないといえるかもしれません(それとも、少し減少でしょうか‥)。
 では、今後はどうでしょう。
 AIの進化によって、司法書士が受任する登記件数はやはり減少するのではないかと私は予想します。よくても現状維持ではないでしょうか。仮に、司法書士が受任する登記件数が現状維持で推移するとしても、司法書士が増え続けているわけですから(司法書士会員数のグラフを思い出してください)、司法書士一人当たりの登記件数は、やはり減少傾向になるのではないでしょうか。

 では、後見業務はどうでしょうか。世の中的には後見制度は利用が進まないという評価になっているようです。しかし、最高裁事務総局家庭局が出している成年後見関係事件の概況によれば、少しずつではあるものの、増加傾向と言えるでしょう。自分の周囲で見ても、増加することはあっても、減少するという感覚はありません。これは、地域包括支援センターの職員、社会福祉協議会の職員と話をしても、一致した意見です。

成年後見関係事件の概況
令和4年月~12月
https://www.courts.go.jp/vc-files/courts/2023/20230317koukengaikyou-r4.pdf

 ここで、後見業務には、受任した案件がある程度継続するという特徴があることに注目してください。受任して、数日・数週間・1か月程度で終了となる可能性は、極めて低い業務です。登記とは違います。
 これは、先輩方がすでに一定程度の案件を受任していることを意味します。大胆に例えれば、自分は3件までしかやらないと決めている先生は、すでに3件受任しているでしょうし、5件までと決めた先生は5件、10件までの先生は10件受任しています。その先生は新規案件の打診があっても断ります。地区に依頼のあった仕事を会員につなぐ立場でもある私は、このことについて、予想や想像ではなく、現実としてお伝えすることができます。飽和している先生は、受任している案件が1件終了した時、はじめて次の案件を受任する態勢になるのです。感覚としては、ベテラン会員は、年間に数件が終了し、数件の新規案件を受任するという状態で、やる気のある新登録者にはドンドン来ます。(もちろん、案件の良し悪しは度外視をしたうえでの話ですし、地域差がかなりあると思いますので、そこはご留意ください。)

 これらのことを踏まえると、後見業務は、全体的に増加傾向の仕事であって、なおかつ、先輩方がバシバシ受任することもないので、これから始めようと考える先生方には新規参入しやすい分野と考えられます。  
 だから、やってみたいと考える先生方におかれましては、躊躇などせず「私は後見業務をどんどんやりたいです!」と発信していただきたいのです。そうすれば、おそらく、次から次へと案件はやって来るでしょう。選り好みをしなければ、あなたが「もうやめてください」と伝えるまで仕事は増え続けるはずです。

後見業務のすゝめ②資格者としての独立

 私は、後見業務について、登記業務のように次から次へとこなせるものではないと、いつかどこかで言いました。そして、後見業務は、対人支援であって、この世に同じ人がいないことを考えればわかるように、案件によって千差万別の業務であるとも言いました。

 これが意味するところは、登記業務に比べて後見業務は、先輩がドンピシャのアドバイスを送れるわけではないことを意味します。あなたの最初の後見業務について、先輩がまったく同じ状況で同じ悩みを抱えた経験を持っていて、ズバッ!!と解決してくれるとは考えにくいです。

 もちろん、家裁に提出する書類の部分では「その書類を付けたほうがいい」「自分はこう書いている」などというアドバイスを簡単にもらえるかもしれません。しかし、あなたが後見人をしている本人の施設入居の時期がいつがいいのかとか、選択肢AとBについてどちらがいいのかということについては、先輩が正解を教えてくれることはないでしょう。アドバイスをもらえても、本人のことをよく知らない先輩の勝手なアドバイスに過ぎません。もしかすると、アドバイスをもらえず「そこを考えるためにあなたがいるのよね?」と返されるかもしれません。先輩が、本人の家族構成、年代、判断能力低下の理由、資産状況、地域的特性、本人の健康状態、医療関係者の意見等々の状況を知らずに、軽々にアドバイスをしたことによって本人に不利益が生じてしまうことは避けたいと考えてもおかしくはない話です。

 転じて、「先輩が教えてくれたとおりに」「ベテランの先生の言うとおりに」という姿勢で臨む業務ではないと言えます。先輩の話はあくまでも参考程度に聞いたうえで、後見人としてのあなたが判断・決断する仕事です。本人にとって世界に一人だけの後見人に就任する後見業務は、新登録者自らの独立心をさらに育て、自分の意見や考えを磨いてくれると言ったら言い過ぎでしょうか。

 以上のことから、後見業務において経験年数は、それほど関係ないと考えるものです。もちろん、ゼロとは言いません。後見業務の経験豊富な先生と未経験の先生を依頼者の前に並べ、自由に選択してもらえば、経験豊富な先生が選択される可能性が高いでしょう。されど、臆することなかれ。司法書士試験の短答式に「本人にとって良い後見人は、必ず経験豊富な司法書士のほうである」という肢があったとすれば、あなたは迷わず(んなこたぁない)ってバツを付けるでしょ?

 後見業務の経験がないから、今までの事務所でやったことがないから、即独立だからという理由で躊躇することはありません。誰でも最初は未経験です。大事なのはそこではないと考えます。あなたが「国家資格者として従うべきは法や良心である」との考えに至れば、私の遥か上をいく司法書士の誕生です。先生、いろいろと教えてください。

後見業務のすゝめ③経営的にもメリットがある

 この表現は諸刃の剣であると認識しています。なので、最初に強く念を押します。
「経営のためだけという思いで後見業務には手を出すな」
 これは揺るぎない思いです。私が言いたいのは「経営のためにやろう」ではなく「登記に比べてお金儲けにつながりにくい後見業務だけれどもメリットもあるんだよ」です。間違わないでください。

 経営のため、つまりお金のためにという思いで後見業務に参入する先生、登記がやりたいけどお金のために仕方なく後見業務に参入しようとする先生がいるとすれば、正直に申し上げて怖いです。先生はお金の優先順位が高いんですよね、他人のお金をこれから預って保管していくんですよね、大丈夫ですか?となります。お金儲けをしたいのであれば、後見業務はやるべきではないでしょう。他のことをやったほうが儲かると思います。もちろん、登記業務が中心だけれども社会問題にも取り組もうというお考えで後見業務をやることには賛成です。お金儲けではなく、前向きに取り組むのであれば、業務の中心がどこにあってもいいわけです。現に、そのような先生は多いと思います。

 本稿は、あくまでも、後見業務をやりたいけど不安もある方へ向けての後見業務のすゝめです。

 私が言いたい経営的なメリットというのは、一過性のある登記の報酬に比べて、後見業務の報酬は固定的な収入なので、後見案件が増えることはそのまま事務所経営の安定につながり、心労が減るというメリットです。繰り返しますが、このメリットが欲しいから後見業務をやるという考えには与しません。

 細々としていても事務所経営が安定することは、自らの心の安定につながりますし、本来、経営に頭を悩ませるはずだった時間を本人のことを考える時間に充てられると考えれば、迷いが消えるのではないでしょうか。
 なお、地域によっては無報酬案件があると聞き及びますので、地域の実情のリサーチは欠かせませんし、そこは後見制度の改善点の一つと考えます。また、後見報酬が一年ごとの後払い方式であることから、参入初年度の食い扶持をどうするかは、検討が必要です。

後見業務のすゝめ④社会問題への挑戦 

 もし、あなたが、増加する高齢者への支援、8050問題、親亡きあと問題、入院を続けている精神障害者の地域移行支援など、何らかの社会問題に取り組みたいと考えているのであれば、迷うことなく後見業務を受任すべきと考えます。

 まずは今ある制度を活用し、現場を経験すれば、改善点を発見したり、良いアイディアが浮かぶかもしれません。その際、司法書士であることは、プラスに働くと思います。リーガルサポートの内部から新しいムーブメントを起こす原動力となったり、司法書士としての考えを論文にして発表したりすることができるでしょう。(まずはnote!?)

 法制審の中に司法書士がいたり(気が付けばそこに同期)、地域の自治体の様々な委員会に司法書士が入っていたりします。

 すでに何某かの社会問題への関心をお持ちの方には釈迦に説法で恐縮です。「迷わず受任しろよ、受任すればわかるさ」の精神です。ボンバイエ。

さいごに

 新規登録者の皆様、後見やろうかどうしようか迷われている皆様、是非、やりましょう!
 リーガルサポート所属の司法書士は、全国に8500人程度であり、そのなかで後見業務を中心にしていると考えられるのは、4分の1もいないと思われます。
 世の中の状況は、後見業務が増加することはあっても減少することは考えにくいです。
 お金儲けにはなりませんが、経営は安定に向かいます。
 取り組みたい社会問題に取り組めます。末端からスタートしても、あっという間に地域の委員になり、都道府県の委員になり、全国的な組織の委員になることも考えられます。

 本稿が後見業務のすゝめであるため、いいことを書いていますが、嫌な思いをすることもあります。
 ですが、遠方のご親戚から、疎遠になっていたご家族から、困り果てていた関係者から、思いもよらぬ感謝の言葉をいただいたり、お手紙を頂戴したりすることもあり、その時の感情が癖になるんです。

 極めつけは、判断能力を欠くとされる方の「ありがとう」であり、笑顔です。判断能力とは何でしょう。あの人は、なぜ、こっちを見て笑顔になり、ありがとうと言ってくれたのか。もしかしたら・・・、いや、それはよく捉えすぎだな、と、火葬場の空を見て終わる業務です。
(本当はその後の引継ぎが大変なんだけどね)

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