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【はじめに公開】現実社会の現象をコントロールできるのか――複雑・巨大なネットワーク構造の可制御性を探る:近刊『複雑ネットワークと制御理論』

2023年6月上旬発行予定の新刊書籍、『複雑ネットワークと制御理論』のご紹介です。
同書の「はじめに」を、発行に先駆けて公開します。




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はじめに
現代社会は、様々な「人」や「組織」がつながることにより維持され、発展している。生体内においても遺伝子、タンパク質、化合物など様々な「物質」が相互作用することにより、生命を維持、進化させている。さらに、ロボット、自動車、航空機などの人工物においては、様々な「部品」が制御や作用することにより、その機能を実現している。よって、社会、生命、人工物のいずれにおいても「モノ」と「モノ」がつながり相互作用している。このつながりのなす構造は一般的にネットワークとよばれる。ネットワークは抽象的な概念でもあるが、具体的には「モノ」を表す頂点と「相互作用」を表す辺から構成される、グラフという数学的な構造を用いて表現される。現実社会、生体、人工物などをグラフで表現して解析することはコンピュータが普及する以前から行われてきたが、大規模なネットワーク構造のデータが蓄積するにつれ、実際のネットワークの多くが共通にもつ性質が見いだされるようになった。特に、1998年のWattsとStrogatzによる「スモールワールド」モデル、および、1999年のBarabásiとAlbertによる「スケールフリーネットワーク」モデルの「発明」をきっかけとして、複雑かつ大規模な現実世界のネットワークを数理的にモデル化し解析するという研究が多数行われるようになった。それらを研究する分野は「複雑ネットワーク」とよばれ、複雑系、統計物理学、情報科学、生物学、社会学など、様々な分野を横断する学際的な分野となっている。

一方、工学分野においては、ロボット、自動車、航空機、プラントなどの人工物において所望のもしくは最適な動作を行わせるために、「制御理論」が構築され発展してきた。制御理論は美しく、深く、広い理論体系をもつとともに、現実世界の様々な人工物の制御に不可欠となっている、きわめて実用的な理論でもある。制御理論においても、システムは部品と部品のつながりからなるグラフとして表現され、数十年以上前より、グラフ理論を用いた様々な解析がなされてきた。このように、複雑ネットワークと制御理論はグラフを用いてシステムを表現し解析するという共通点をもち、関連する研究は行われていたものの、2010年頃までは独立に発展してきた。ところが、2011年に複雑ネットワーク研究の第一人者であるBarabásiらにより、複雑ネットワークと制御理論を融合した論文が発表されると、多くの研究者がこの融合分野を研究するようになった。そこで、これまで複雑ネットワークを研究していた複雑系、統計物理学、情報科学、生物学、社会学などの研究者に加え、制御理論の研究者もこの研究に参入し、より学際的な広がりをもつようになった。

筆者らは、理論計算機科学や理論物理学を基盤としながら、バイオインフォマティクスと複雑ネットワークの研究を共同、および独立に行ってきた。また、ブーリアンネットワークという遺伝子ネットワークの数理モデルを基にネットワーク制御の研究も行っていた。これらを背景に、2011年のBarabásiらの論文が出た後に筆者らも複雑ネットワークの制御について本格的に研究を行うようになり、本書の第5章で説明する最小支配集合に基づく制御モデルを構築し発展させてきた。

本書では上記を背景に、複雑ネットワークと制御理論に関して、筆者らが重要と考える数理モデル、解析手法、計算手法などについて説明する。第1章~第3章では、本書を理解するのに必要となるグラフ理論、複雑ネットワーク、制御理論のそれぞれについて、予備知識なしにわかるように主要な概念や理論を紹介する。第4章~第6章では、グラフ理論における3個の概念、二部グラフの最大マッチング、最小支配集合、帰還点集合に基づく制御モデルについて説明する。第7章では、統計物理学における解析手法であるキャビティ法を用いた制御頂点数の解析手法について説明し、第8章では、1個のネットワークではなく複数のネットワークからなる多層ネットワークの制御モデルについて説明する。本書は2021年から2022年にかけて執筆されたが、これは新型コロナ感染症が世界中で流行した時期でもあった。その時期には新型コロナの感染者の推移の予測や制御について様々な方策がとられ、また、様々な研究が行われた。感染症のネットワークも複雑ネットワークの一種であり、かつ、その解析や制御は社会的に重要な研究課題でもある。第9章では、この感染症ネットワークの基礎的な事項について説明する。そして、第10章では、複雑ネットワークの制御モデルの応用について、特に最小支配集合に基づく制御モデルの生体ネットワーク解析への応用を中心に紹介する。

本書では、定義や定理などの形式を多く用いることにより数学的な厳密性をできるだけ保ちつつも、豊富な図や例を用いて、できるだけわかりやすく説明するように努めた。また、わかりづらい記法などは前の章を見ないでも済むように、その都度説明した。さらに、様々な分野の学生や研究者が理解できるように、線形代数に関する簡単な基礎知識や数学的な証明技法さえ習得していれば、ほかの予備知識なしでほとんどの章が理解できるように配慮したつもりである。筆者らの力量不足で不十分な点があれば、ご指摘をいただきたい。本書をきっかけとして、複雑ネットワークと制御理論という、多様な分野が交差し発展しつつある研究分野に興味をもっていただけたら本望である。

(以下略)

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京都大学 阿久津 達也 (著)
東邦大学 ホセ・ナチェル(著)

【目次】
第1章 グラフ理論
 
1.1 無向グラフ
 1.2 有向グラフ
 1.3 マッチング
 1.4 アルゴリズムと計算量

第2章 複雑ネットワーク
 
2.1 ランダムグラフ
 2.2 スモールワールド
 2.3 スケールフリーネットワーク
 2.4 次数相関
 2.5 ネットワーク中心性

第3章 制御理論
 
3.1 線形離散時間システム
 3.2 可到達性,可制御性,可観測性
 3.3 安定性と最適制御
 3.4 線形連続時間システム
 3.5 構造可制御性

第4章 線形複雑ネットワークの構造可制御性
 
4.1 グラフ論的特徴づけ
 4.2 最小制御頂点の選択法
 4.3 必須頂点と冗長頂点
 4.4 被制御頂点数の最小化
 4.5 対象限定制御と制御中心性
 4.6 構造可観測性

第5章 最小支配集合による制御
 
5.1 最小支配集合と制御モデル
 5.2 最小支配集合の計算法
 5.3 最小支配集合による非線形システムの制御
 5.4 最小支配集合における必須頂点と冗長頂点
 5.5 頑健支配集合
 5.6 確率支配集合
 5.7 有向グラフにおける最小支配集合

第6章 帰還点集合による制御
 
6.1 帰還点集合と制御モデル
 6.2 最小帰還点集合の計算
 6.3 帰還点集合における必須頂点と重み
 6.4 制御モデルの比較

第7章 キャビティ法による制御頂点数解析
 
7.1 最小支配集合モデルにおける制御頂点数の解析
 7.2 二部グラフマッチングモデルにおける制御頂点数の解析

第8章 多層ネットワークの制御
 
8.1 複数ネットワークの同時制御
 8.2 多層ネットワークの制御
 8.3 時変ネットワークの制御

第9章 感染症ネットワークの数理モデル
 
9.1 SIRモデルとSISモデル
 9.2 スケールフリーネットワーク上の感染症モデル
 9.3 一般のネットワーク上の感染症モデル

第10章 実ネットワーク解析への応用
 
10.1 最小支配集合と関連モデルの応用
 10.2 最大マッチングの応用
 10.3 帰還点集合の応用

文献案内
参考文献
索引

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