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ひもから見る3次元の世界――近刊『結び目理論-分解定理・不変量・体積予想-』はじめに公開

2021年9月中旬発行予定の新刊書籍、『結び目理論-分解定理・不変量・体積予想-』のご紹介です。
同書の「はじめに」を、発行に先駆けて公開します。

書影配置用

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はじめに

結び目理論では多彩な数学が使われている。素朴に結び目を変形していく方法から、代数や解析を駆使した方法まで、現代数学の多くの考え方が結び目の研究に生かされている。結び目についての本を書くにあたり、どのようなテーマを選ぶかは大変悩ましい問題であるが、本書では、多くの人が大学で学ぶ数学の基本的な事柄をもとに理解できる内容で、なるべく幅広くかつ最新の話題までカバーするようにと考え、前半で結び目の基本を学び、後半では結び目の体積予想の理解を目指すという構成にした。

結び目の研究には大きく分けると2つの方向性があって、1つは結び目全体を考えてその分類などを研究しようというものであり、もう1つは、個々の結び目の固有の性質を研究するというものである。もちろん、この中間に特別な性質をもった結び目についての研究というものもあり、多くの研究はこの2つの方向性を併せ持つものとなっている。こうした研究で主として使われるのが結び目の不変量である。位相幾何学(トポロジー)で結び目といったときは、空間中で連続的に変形できる結び目を同じ結び目と見ているが、これだけだと、姿形が一定でなく、つかみどころがないため、同じ結び目かどうかの判定が非常に難しい。これに対し、結び目に何らかの別の数学的対象、例えば数や多項式といったものを対応させることで、結び目の違いを見ようというのが不変量の考え方である。この対応させた数や多項式などのことを不変量と呼んでいて、2つの結び目のそれぞれに対し、もし異なる数や多項式などを対応させる不変量があれば、この2つの結び目も異なる結び目であることがわかる。

不変量があれば、これを用いて結び目を分類できる。この分類が細かいほど精密な不変量といえるのであるが、その一方で、値が簡単には求められない不変量はあまり実用的ではない。そのため、なるべく簡単に求めることができ、なおかつ精密な不変量というのが有用な不変量ということになる。数に値をとる不変量としては、最小交点数や結び目解消数、あるいは結び目の種数といったものが考えられてきた。ただ、これらは、結び目のいろいろな表示法から定まる数の最小数として定義されるものであり、その構成法から不変量であることは明らかなのだが、実際に値を決定するのは容易ではない。一方、多項式に値をとる不変量としてはアレキサンダー多項式が最初のもので、結び目から値が直ちに求められるものであり、長いこと唯一無二の多項式不変量として広く研究され、結び目の様々な性質との関係が調べられてきた。さらには、1980年代にジョーンズ多項式という新しい多項式が発見され、これを契機に量子不変量と呼ばれる多くの多項式不変量が構成された。ジョーンズ多項式は、数理物理学ともつながるもので、これにより結び目の研究が大きく広がった。

結び目を扱うのに、平面上に結び目の図を描いて考えることもあれば、結び目補空間を3次元多様体と見て、多様体として調べることもある。本書では、まず結び目が「素な結び目」に一意的に分解できることを示し、それから「カンドル」という結び目の図を代数的に表現する方法を紹介した後、いくつかの不変量を紹介していく。これらの不変量は、平面上の結び目の図や、ザイフェルト曲面といった2次元的な情報から定義するのであるが、このうちアレキサンダー多項式については、結び目補空間の基本群とも関係が付くことも紹介する。

ジョーンズ多項式については、構成された当初は、補空間の3次元多様体としての性質との関係が全くわからなかったのであるが、その後提唱された「体積予想」により、ジョーンズ多項式の一般化であるカラードジョーンズ多項式を通じて、結び目補空間の双曲構造と関係することが見出された。結び目補空間には、多くの場合に双曲構造といわれる負の定曲率空間の構造が入るのであるが、これに関する体積がカラードジョーンズ多項式のある種の極限になっていることが予想されたのである。なぜこのような予想が成り立ちそうなのか、また何が証明の障壁になっているかを最終章で解説している。

ライデマイスター変形や組みひもとの関係を与えるアレキサンダーの定理、マルコフの定理といった、非常に基本的な性質で証明を他書に譲ったものもあるが、なるべく証明や簡単な説明を付けて、この本のみで完結するように心がけた。特に3次元双曲空間での理想四面体の体積の公式の導出では、双曲空間中の座標のとり方など、直感的に理解しづらい部分もある。その公式は結び目理論でよく使われる公式でありながら、なかなかきちんと書かれたものがないため、本書ではあえて説明した。双曲体積を表す2重対数関数の理解のためには、解析接続も必要になり、後半部分では多少高度な数学が必要となってくるが、まずは定理の意味を理解し、それから順次証明に使われるテクニックについても理解を深めてもらえればと思う。そのためにも、章末問題にもできる限りチャレンジしてほしい。 

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著:村上順(早稲田大)


トポロジー(位相幾何学)の考え方は、数学ばかりでなく物理学や生命科学、物質科学、あるいはデータ解析でも必要とされるようになってきています。
結び目の性質を調べることは、典型的なトポロジーの問題であり、目で見てわかるということもあって多様な方法で研究されています。

本書は、大学で学ぶ数学の基本的な事柄を前提知識として、解析、圏論、ホモロジーなどのさまざまな数学を使いながら、結び目について解説します。
基本的な表現法や性質を示すところから始まり、結び目の不変量をいくつか紹介していきます。そして、双曲空間のモデルを解説したうえで、新しい話題である体積予想の理解を目指します。

豊富な図を交えながら、具体的で平易な解説がなされています。
演習問題によって、さらに理解を深めていくことができます。

結び目についてひと通り学びたい方や、3次元の話題に興味のある方に、おすすめの一冊です。


目次1

目次2

目次3

目次4


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