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複雑な流れの解析や並列計算に最適!――近刊『格子ボルツマン法』まえがき公開

2021年9月下旬発行予定の新刊書籍、『格子ボルツマン法』のご紹介です。
同書の「まえがき」の一部を、発行に先駆けて公開します。

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まえがき

格子ボルツマン法(Lattice Boltzmann Method、LBM)とは、流体現象の数値計算手法の一種である。LBMの原型であるBGK(Bhatnagar–Gross–Krook)近似衝突則、別名、単一緩和時間衝突則が提案された1992年頃は異端的な手法だったが、2010年頃になり高レイノルズ数流れに対する数値的安定性が向上したことで、LBMに基づく商用ソフトが多数開発されるようになっている。また、2006年にカスケードモデルが開発されて乱流計算が可能になったことや、精度の高いキュムラントモデルが提案されたことで、一躍、工学的な応用の機運が高まっている。

LBMの特長は、流速uや圧力pを直接取り扱うのではなく、分布関数fkという新たな変数を用いることで、並列効率に優れている点と高速計算が可能な点である。一般に、非圧縮性流体を数値計算する場合、質量保存を表す連続の式と、運動量保存を表すナビエ–ストークス方程式を近似計算し、流速uと圧力pを求める。

一方、LBMは、分子のある程度の塊である粒子を用い、その粒子の運動の向きと大きさとを限定する。LBMでは、限定された方向に運動する粒子の存在割合を表す離散速度分布関数fkを、単純なアルゴリズムに従って時間発展させることで流体運動を再現する。従来手法では、連続の式を満たす流速分布となるように圧力pに関するポアソン方程式の定常解を得る必要があったが、LBMでは、圧力pは状態方程式から1回の計算で導出されるため、ポアソン方程式を解く必要がなく、計算が高速に実行できる。さらに、粒子速度分布関数fkが独立して運動するため、並列計算も効率よく実行できる。また、気液混相流解析に対し質量の保存性が高く、バウンスバックスキームを用いれば、複雑な境界形状を単純に設定できる。

上記のような利点があるにもかかわらず、その特殊さや入門書の少なさのため、多くの入門者にとってLBMの利用は敷居が高かった。そのような事情に加えて、近年、著者へのLBMに関する質問が寄せられるようになったこともあり、本書を執筆することになった。

本書は、流体現象の数値計算分野で研究をしている方々や、企業で流体計算のコード開発をしている方々に対して、LBMの基本的な考え方と代表的な計算手法を知ってもらうことを目標に執筆した。そのため、複雑な3次元モデルよりも簡単な2次元モデルを中心に解説している。また、著者がLBMを利用するうえで経験した問題点もできる限り記述するように心がけた。

本書で紹介したLBMの基礎理論から、モデルは多種多様に分岐しており、日々、LBMは改良が続けられている。LBMは、磁性流体や非ニュートン流体、液晶、血流などさまざまな計算にも適用され、現在も多くのLBMの新手法が提案されている。いまやLBMは数値流体力学の垣根を越え、量子力学の分野でも活用されるようになっている。

本書では、まず第1章で数値流体力学の分野におけるLBMの特徴を明示し、第2章でLBMに初めて触れる方を対象に、LBMの基本的なプログラムを明示しながら概要などを解説する。また、分布関数fkに関する運動方程式から連続の式とナビエ–ストークス方程式が導出されることも示す。第3章は熱流動解析モデル、第4章は乱流解析と数値的安定性、第5章は気液・液液・気気混相流モデル、第6章は固気・固液混相流モデルに関するLBMの基本的なモデルと特性を解説した。LBMはナビエ–ストークス方程式を近似的に解いている以上、誤差の発生は避けられない。そのため、計算手法の改良は常に続いている。また、最新のモデルは、初期のモデルと比べると複雑化している。本書では、各モデルの導入に相当する初期のモデルを中心にまとめている。そのため、最新のモデルについては、各自で論文から理解してもらうことになるが、ご容赦願いたい。

なお、本書で紹介したプログラム例は以下のページから入手できる。適宜参考にしてほしい。

ここで、格子ボルツマン法に名前が使われているルートヴィッヒ・エードゥアルト・ボルツマン(Ludwig Eduard Boltzmann、1844–1906)について簡単に触れておきたい。ボルツマンは、分子の存在が実証されていないにもかかわらず、分子運動に対して分布関数を用いる統計力学の礎(いしずえ)を築き、最期まで気体分子運動論を貫き通した。ボルツマンの業績を称え、墓標にはWで分布関数を表したH定理が刻まれている。ボルツマンの愚直なまでの探究心がなければ、LBMは存在せず、我々はその恩恵を受けることはなかったかもしれない。

(※太字の強調は出版社による)

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著:瀬田剛(富山大)


計算の高速性や並列計算への適用のしやすさから、数値流体力学における新しい手法として注目を浴びている格子ボルツマン法の入門書です。

《本書の特長》
基本的なモデルや、混相流解析・乱流解析に使われる代表的なモデルを中心に解説。最新のモデルに取り組む前に知っておくべき基本的な考え方が身につきます。

各手法について、計算手順やプログラム例を示しながら丁寧に解説。本書で紹介したプログラム例(C言語)は、こちらから入手できます。

格子ボルツマン方程式からナビエ-ストークス方程式が導出される過程についても詳細に解説。理解を深めたりモデルを改良したりする際に役立ちます。


【目次】
第1章 格子ボルツマン法の特徴
 1.1 数値流体力学における格子ボルツマン法の位置付け
 1.2 格子ボルツマン法による非圧縮性流体解析手法
 1.3 格子ボルツマン法による解析事例
 1.4 本書の構成

第2章 格子ボルツマン法の基礎
 2.1 格子ガスオートマトン
 2.2 格子ボルツマン法
 2.3 格子ボルツマン法の計算手順
 2.4 例題プログラムその1
 2.5 境界条件の設定
 2.6 巨視的な方程式の導出
 2.7 例題プログラムその2
 2.8 従来型手法の導入
 2.9 外力項の追加
 2.10 まとめ

第3章 熱流動解析モデル
 3.1 マルチスピードモデル
 3.2 ダブルポピュレーションモデル
 3.3 多緩和時間衝突則
 3.4 温度に対する境界条件
 3.5 解析事例
 3.6 例題プログラムその1
 3.7 例題プログラムその2
 3.8 まとめ

第4章 乱流解析と数値的安定性
 4.1 数値的安定性
 4.2 k-εLBM
 4.3 LESを用いたLBM
 4.4 エントロピックLBM
 4.5 多緩和時間衝突則
 4.6 セントラルモーメントモデル
 4.7 マルチブロック法
 4.8 例題プログラムその1
 4.9 例題プログラムその2
 4.10 まとめ

第5章 気液・液液・気気混相流モデル
 5.1 混相流の代表的な計算手法
 5.2 カラーグラディエントモデル
 5.3 シャン–チェンモデル
 5.4 フェイズフィールド法
 5.5 多成分系混相流モデル
 5.6 例題プログラムその1
 5.7 例題プログラムその2
 5.8 まとめ

第6章 固気・固液混相流モデル
 6.1 モーメンタムエクスチェンジメソッド
 6.2 IB-LBM
 6.3 曲面に対する濡れ性の設定
 6.4 計算事例
 6.5 例題プログラムその1
 6.6 例題プログラムその2
 6.7 例題プログラムその3
 6.8 まとめ

付録A 温度方程式の導出
 A.1 D2Q5モデルの温度方程式の導出
 A.2 D2Q5モデルの誤差項の検討
 A.3 D2Q9モデルの誤差項の検討

付録B カーン–ヒリアード方程式の導出
 B.1 カーン–ヒリアード方程式の導出
 B.2 誤差項の除去

付録C 3次元モデル
 C.1 3次元等温場モデル
 C.2 3次元熱流動モデル

参考文献
索引

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