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理論を詳しく解説した初めての和書——近刊『量子アニーリングの物理』まえがき公開

2023年1月中旬発行予定の新刊書籍、『量子アニーリングの物理』のご紹介です。
同書の「まえがき」を、発行に先駆けて公開します。



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まえがき

本書では、量子スピングラスの相転移、相境界付近のダイナミクス、組合せ最適化問題を解くための量子アニーリングに関する研究の進展を紹介する。近年の理論的・実験的研究の成果により、これらのアイデアはD-Wave Systems社による量子アニーラへの適用、その他アニーリングマシンの開発につながっている。

スピングラスのようなフラストレーションのあるランダム系、特にSherrington-Kirkpatrickモデル(SKモデル)の解法は、組合せ最適化問題の最小コスト解を求める問題の本質理解につながっている。特に、Kirkpatrick, Gelatt, and Vecchi(1983)によるシミュレーテッドアニーリング法あるいは古典アニーリング法の先駆的なアイデアは、組合せ最適化問題の解法として大きなブレークスルーをもたらしてきた。また、このような最適化問題の難しさが、SKモデルにおけるコスト関数の地形の険しさにどのように対応するかについて、いくつかの重要な概念が導き出されてきた。さらに、Ray, Chakrabarti, and Chakrabarti(1989)によって、量子ゆらぎにより、巨視的に高い障壁をトンネル効果で通り抜けられるという考えが提唱された。そして、1998年には門脇と西森が発表した論文によって、量子アニーリング法が提案された。その後、理論と応用の両面から優れた論文が次々と発表され、量子テクノロジーの新時代への貢献が期待されている。

本書は、これらの発展を、主に理論統計物理学者の立場から、順を追って紹介しており、一般の物理学者や計算機科学者にも有益な書籍であると考えている。現在、このテーマの成長は凄まじく、量子アニーリングに関する知識を補うためには、さらに多くの資料収集が必要となるだろう。しかし、本書で取り上げた内容は、この先進的な研究分野に参入しようとする若い研究者や博士課程の学生にとって、なくてはならないものになると考えている。

(以下略)

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共著:Shu Tanaka  Ryo Tamura   Bikas K. Chakrabarti
共訳:田中 宗(慶応義塾大学)
共訳:田村 亮(物質・材料研究機構)

◆量子アニーリングの理論を詳しく解説した一冊◆
 本書では、イジングモデルの数理や量子アニーリング研究の基本的な部分に焦点を当てている。特に、スピングラスの量子統計物理学とその組合せ最適化問題への応用について、詳しく解説している。また、量子アニーリングを理解する上で重要な、シミュレーテッドアニーリング、量子ダイナミクス、古典スピンモデルに関する記載も十分に紙数を割き、本分野の理解が深まるようにした。
 
量子アニーリングやイジングマシン、統計物理学を学びたい研究者・エンジニア・学生にとって、有用な書籍である。

[原著]Quantum Spin Glasses, Annealing and Computation (Cambridge University Press, 2017)


【目次】
1章 導入
 参考文献

2章 古典スピン系—強磁性体Isingモデルとスピングラスモデル—
 2.1 Isingモデル
  2.1.1 相転移と臨界現象
  2.1.2 平均場近似と無限レンジモデル
  2.1.3 有限次元におけるIsingモデルの物理
 2.2 古典スピングラスの基礎
  2.2.1 フラストレーションとランダムネス
  2.2.2 スピングラス秩序変数
  2.2.3 レプリカ法
 2.3 Sherrington-Kirkpatrickモデル
  2.3.1 Sherrington-Kirkpatrickの自由エネルギー
  2.3.2 レプリカ対称解
  2.3.3 レプリカ対称性の破れ
 2.4 有限次元におけるEdwards-Andersonモデル
 2.A いくつかの古典スピン系が示す物理の紹介
  2.A.1 Pottsモデル
  2.A.2 XYモデル
  2.A.3 Heisenbergモデル
 参考文献

3章 シミュレーテッドアニーリング
 3.1 ランダムIsingモデルと組合せ最適化問題の関係
 3.2 代表的な組合せ最適化問題
  3.2.1 計算複雑性理論
  3.2.2 組合せ最適化問題の分類
  3.2.3 組合せ最適化問題の例
 3.3 シミュレーテッドアニーリングを含む従来手法
  3.3.1 モンテカルロ法
  3.3.2 平均場近似法
  3.3.3 シミュレーテッドアニーリングに関する先行研究
 3.4 シミュレーテッドアニーリングの収束定理
  3.4.1 非一様なMarkov鎖
  3.4.2 エルゴード性
  3.4.3 収束定理の証明
 参考文献

4章 量子スピングラス
 4.1 横磁場のある強磁性Isingモデル
  4.1.1 横磁場のある強磁性Isingモデルの準古典解析と平均場近似
  4.1.2 有限次元における横磁場強磁性Isingモデルの相図
  4.1.3 横磁場のある伏見-Temperely-Curie-Weissモデル
 4.2 量子スピングラスの紹介
 4.3 横磁場のあるSherrington-Kirkpatrickモデル
  4.3.1 平均場近似
  4.3.2 数値計算結果
 4.4 横磁場のあるEdwards-Andersonモデル
 4.5 レプリカ対称スピングラス相の存在
 参考文献

5章 量子ダイナミクス
 5.1 Landau-Zener遷移
 5.2 Kibble-Zurek機構
  5.2.1 Kibble-Zurek機構の基本概念
  5.2.2 ランダム強磁性相互作用のIsing鎖におけるKibble-Zurek機構
 参考文献

6章 量子アニーリング
 6.1 量子アニーリングの概観
 6.2 Schrödinger方程式による量子アニーリング
 6.3 経路積分モンテカルロ法による量子アニーリング
 6.4 グリーン関数モンテカルロ法による量子アニーリング
 6.5 密度行列くりこみ群による量子アニーリング
 6.6 平均場近似による量子アニーリング
 6.7 磁性材料の量子場効果
 6.8 量子断熱発展
  6.8.1 断熱量子計算
  6.8.2 量子断熱定理
  6.8.3 量子断熱近似
 6.9 量子アニーリングの収束定理
  6.9.1 Schrödinger方程式による量子アニーリングの収束定理
  6.9.2 古典系と量子系の対応関係
  6.9.3 経路積分モンテカルロ法を用いた量子アニーリングの収束定理
  6.9.4 グリーン関数モンテカルロ法を用いた量子アニーリングの収束定理

参考文献
索引

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