放射線とは何か?その物理的原理を正しく理解しよう――近刊『放射線物理学』まえがき公開
2022年12月中旬発行予定の新刊書籍、『放射線物理学』のご紹介です。
同書の「まえがき」を、発行に先駆けて公開します。
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まえがき
たいていの原子力賛成派は、核放射線は安全であると請け合って、災害の可能性を心配しなくてよいという。当然ながら、原子力反対派は逆の立場をとって、核放射線への暴露は、たとえ少量でも有害であると主張する。人々は、知識のある人もそうでない人も、よりうまく考えを主張する側に立つものである。原子力発電や原子核の農業への利用に強く反対する人たちでも、診断や治療目的で放射線を医療へ導入することには強く反対しない。
私は、北アメリカ、ヨーロッパ、アジアのいくつかの核施設で様々な種類・エネルギー範囲の核放射線について、幅広い年齢層の研究者とともに40年以上にわたって携わってきた。そうして気づいたのは、核放射線の物理は、もっと幅広い読者に向けた、多少の物理と数学の基礎知識があればわかるものにできる、ということである。
そこで、私はサスカチュワン大学で放射線の物理概念を教える科目を5年ほど前に立案し新設した。この科目は発展を見たが、基本的に必要とされるのは学部1年生での数学と物理の知識である。複雑な数学的導出には立ち入らないが、公式を示して、数式の意味や適用される範囲について議論するようにした。私は学生たちに、数学記号や数式は、物理学分野の共通言語として使われる、単なる語句や言い回しにすぎないと言い聞かせている。この科目の目的は、放射線が危険かそうでないか、どちらか一方へと学生を説き伏せることではない。彼らが放射線やその影響を自ら計算し、評価するための手段を身に付けさせることである。
対象にしている学生は大変広く、物理全般、工学、健康科学、教育学などの学生を含む。2012年と2013年の夏の間、タンザニアのアルサにあるネルソンマンデラ理工学研究所で健康科学の専門家と東アフリカの大学院生に集中講義をした。こうしたすべての場面で、最終的に学生は核放射線について理解を深めることができた。少なくとも、私がこれまで得た手ごたえとしてはそうである。
本書はこのような背景から必然的に出来上がったものである。ここで、本書の内容について簡単に説明する。最初の章でエネルギー保存則や運動量保存則など、物理の予備知識をまとめる。これは、おおまかに素早く理解するための知識を与え、物理学に沿った考え方を身に付けさせてくれる。どのような核放射線であっても、まず考慮すべきことは、核崩壊あるいは励起による放射化がどのくらい続くかである。これは第2章で扱う。
次の問題は、放射化への変換に対して原子核や物質の安定性とは何か、ということである。粒子加速器や原子炉で引き起こされる核崩壊過程や核反応は、興味の対象となり得る。変換を仮定したとき、それが有害な放射線を放出するのか、錬金術となって利益を生むのか、どちらが起こるのか、という問題である。何よりもまず考慮することはエネルギー収支である。これは第3章で詳しく述べる。
いったん放射線が放出されると、次の疑問は、放射線が物質中をどれだけ飛ぶか、そしてその経路に沿ったエネルギー付与やイオン化はどのようになるか、ということになる。この点において、重い荷電粒子は、電子や光子や中性子とはまったく違った振る舞いをする。概念的には荷電粒子の振る舞いは予想しやすい。それらは連続的にエネルギーを失うためである。これは第4章で議論される。
次に、電子と光子をまとめて取り上げる。高エネルギー状態では、電子と光子は、エネルギー損失や強度損失の過程に関する限り区別できないためである。電子が放射線を出したり光子が電子{陽電子対を生成したりして、それらの伝播は密接に関連している。これらは第5章で詳しく述べる。
荷電粒子のエネルギー損失あるいは光子の減衰は、おもに電磁相互作用による。一方、中性子の減衰は原子核の相互作用である。原子核の相互作用は質量数や原子番号が変わるため、単純ではない。第6章でこの相互作用について触れる。
第7章では線量測定を取り上げる。線量測定は、物理学を始め生物学や生理学などを含む多分野横断的な課題である。結果として線量測定は、純粋科学というよりもむしろ職人的技術となっている。本書では、述べる内容を専門用語と物理的意味に絞って、ほかの曖昧な領域には立ち入らないようにする。
発電用原子炉や研究炉に加え、大、小にかかわらずいくつかの原子力施設が放射線源となる。第8章では、医療用のX線装置や粒子加速器のような典型的な施設について述べる。ここでは、物理的原理の単純明快さを確認することに重きを置く。先端的な放射線施設の発展も、物理的原理の純粋な応用と拡張によってもたらされているのである。いかなる核放射線の測定法においても、その中心となるのは放射線検出器である。あらゆる形式の検出器が、放射線と物質との様々な相互作用に由来し、信号を外部で認識するための情報変換および処理システム(電気的か否かにかかわらず)によっていることを理解するのが重要である。色々な検出器の物理的な原理が第9章で議論される。
原子力分野での測定手法は、単一の検出器から、検出器が高度に組み合わさった複雑なシステムまでと幅広い。それらをうまく利用して安全性や科学、その他の応用のために必要なデータを収集している。しかし、基本的なレベルでは、それらすべては単純な基本的物理学と装置のロジックで機能している。システムの多重度や放射線の多様性に応じて、単純なものから高度に洗練された測定装置までの違いが生じるだけなのである。これらの点は第10章で強調する。そこでは、エネルギーと時間のスペクトルの方法を示している。
考古学と科学への応用は、本書全体を通して適宜言及される。原子力発電のことは誰もが知っているであろう。そこで第11章では、農業、医療、工業への応用に焦点を当てる。また、美術分野への応用の一例も取り上げている。
(以下略)
訳者まえがき
原著者のチャーリー氏は、インドで学位を取得し、大阪大学で数年間の研究生活を送った後、カナダに渡ってサスカチュワン大学の教授を長年務められている研究者である。これまで、大阪大学や東京大学原子核研究所、高エネルギー加速器研究機構(KEK)、SPring-8のほか、ドイツやフランスの研究所で精力的に活動されてきた。また、カナダや日本の大学ではもちろん、アフリカや東南アジアの大学でも教育活動を続けておられる。その豊富な経験から、放射線物理が、広く学生に必要不可欠な基礎知識であると痛感し、執筆されたのが本書である。
わが国では、福島の原子力発電所の事故以来、放射線の正しい理解が一般にも求められている。本書では、放射線それ自体から、放射線と物質の相互作用のほか、放射線の生成・検出・測定、医療や年代測定などへの応用など、放射線に関する広範な内容が、その原理の理解に主眼を置いて解説されている。分野を問わず、放射線についての基本的知識を得るうえで有益な内容であろう。
講義用教材としても、演習問題が多く用意されているほか、随所で例題形式によって学習内容を確認でき、実際の計算を通じて理解が深められるよう工夫されている。原書の出版から約10年が経過し、放射線にかかわる情報も変化しているため、翻訳の際にそれらは最新のものに更新した。また、原著者の意向も踏まえて、日本国内の学生向けに説明の補足や変更を加えている。
(以下略)
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◆放射線にかかわる広範な内容を、その物理的原理の理解に重点を置いて解説した入門書◆
例題や演習問題を通じて学習内容を確認しながら、実際の計算によって理解を深められるように工夫されています。
また、複雑な数学的導出に立ち入ることなくわかりやすく説明するとともに、必要に応じて参照できるよう、理論的な背景を章末注や付録で補足しています。
放射線について正しい知識を得るうえで重要な項目が盛り込まれており、分野を問わず、教科書・参考書として最適な内容となっています。
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