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くうちゃん

一人で外食なんて何年ぶりだろうか。
たまに家族で食べにいくうどん屋さんに、はじめて一人で行った。
いつもの畳の席ではなくて、カウンター席に座ってみる。

カウンターの向こうにいるのは同い年のアスカさん。
「一人で外食なんて、何年ぶりだろう」と言うと、「私ね、この前一人で福岡に行っちゃったの! そしたら、何していいかわからなかった」と。
そうだろうねぇと二人で笑い合う。子育てママあるあるだ。

「空瑚ちゃんは子どもの頃、なんて呼ばれてた? くうちゃん?くっちゃん?」とアスカさんが問う。
「くうちゃんだったりくっちゃんだったり、くこっちゃんのときもあったなぁ」と答えると、「くこっちゃんかぁ、面白い」と感心している。
「でもやっぱりくうちゃんにしようかなぁ…」と本気で呼び名を考えている。
あったなぁ子どものとき、こういう場面。

父と母は私のことを「くっちゃん」か「くこ」と呼ぶ。
お友だちからは、小さいときは「くっちゃん」、小学生になって「くうちゃん」、転校して「くこっちゃん」。そして、中高大と長い「くこっちゃん」時代が続いた。

会社員になって「森木さん」と呼ばれるようになった。
フリーランスになったら「森木さん」派と「くこさん」派の二派に分かれた。
地元にUターンしたら、仕事で関わる人までなぜだかみんなが呼び捨てで「くこ」と呼んだ。

子どもが生まれて、子どもからは「ママ」と呼ばれるようになった。他所の人からは「〇〇くんのママ」あるいは「〇〇くんのおかあさん」と呼ばれるようになった。
再び会社員になって、昼間は「森木さん」になった。

会社を辞めてこの数年間は、「カフェ〇〇(←夫の店)の奥さん」「森木さん」「くこさん」「〇〇くんのママ」が主流になっていた。
だからアスカさんに問われるまで、かつて自分が「くうちゃん」や「くっちゃん」や「くこっちゃん」であったことなど、すっかり忘れていた。

私もアスカさんも年のころは40代半ば。
うちにはまだ保育園児もいるけれど上の子は小学生になり、アスカさんのうちの上の子は中学生になった。
出会った頃にはお互い幼子をかかえるお母さんだったのに、こうして子育ての日々は過ぎてゆくのだなぁと感じたお昼時であった。

空瑚は本名ではない。そして誰にも教えていない。
だから、実際には「くうちゃん」と呼ばれることはない。
いつか「あなた森木空瑚でしょう!」と気づいた人がいたら、「くうちゃん?」と尋ねてみてほしい。
他の人には聞こえない小さな声で。

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