[いただきました] 寺西俊一ほか編『農家が消える――自然資源経済論からの提言』(みすず書房)

寺西俊一・石田信隆・山下英俊編『農家が消える――自然資源経済論からの提言』(みすず書房)をいただきました。ありがとうございました。

戦後日本に消滅した農家の数は累計で400万に上ります。本書は農家の消滅が「やむをえないこと」ではなく、「自然資源経済論」という視点から、持続可能な農業・農山村の維持・保全に向けた提言をまとめたものです。

では、「自然資源経済」とはなにか。編者の寺西俊一氏は次のように整理します(寺西「いま、なぜ自然経済論か」5-6ページ)。

じつは、「自然資源経済」という表現は、「各種の自然資源を基礎とし、そのうえに成り立つ経済」という意味を込めた、編著者の一人である寺西による造語である。関係学会や新聞・雑誌等のマスコミを含め、まだ一般的に広く通用しているわけではない。英語で表現すれば、“Natural Resource-based Economies”となるが、いわゆる第一次産業に分類される農業(畜産業等も含まれる)、林業、水産(漁)業(これらを総称するときに農林水産業と呼ぶ)の「産業的営み」、および、それらと一体不可分な形で成り立っている農山漁村の地域社会(地域コミュニティ)における「生活的営み」、これらを合わせて「自然資源経済」と呼んでいる。また、ここでの「各種の自然資源」には、さまざまな鉱物資源や生物資源など、狭い意味での自然資源だけでなく、太陽光や太陽熱、風力、水力、地熱、バイオマスなど、近年、世界的に注目されている再生可能エネルギー(本書では、自然エネルギーとも表記している)も含まれる。さらには、自然的な気候条件や地形条件、大気、水、土壌、野生動植物などの生物多様性を育んできた自然生態系、そして、そこに人間の手が加わったこ次的自然としての農業生態系や森林生態系(日本では「里山生態系」とも呼ばれている)も含まれる。あらためて述べるまでもないが、こうした各種の自然資源は、人間社会におけるあらゆる営みが成り立つための不可欠な要素であり、前提条件である。とくに健全な自然生態系の安定的な存在は、人間社会の存立そのものの重要な基盤となっている。私たちの人間社会は、自然生態系からさまざまな「生態系サービス」( ecosystem services ほぼ対応する日本語として「自然の恵み」という言葉がある)を享受している。このような意味での広義の経済的営みが、長い人類史を通じて今日まで続いてきたのである。本書における「自然資源経済」とは、こうした自然生態系を基盤とし、そこから提供されるさまざまな「自然の恵み」の享受、および、各種の自然資源の利用・管理・循環によって成り立っている、私たち人間社会本来の経済的営みのことを指す概念にほかならない。

こうした視点にもとづき、本書は、①農業・農山村の歴史と現状、その維持・保全策、②これをもとにしたあるべき政策の提案、③各国の政策の紹介と検討(EU、オーストリア)、④景観・文化の保全策、⑤再生可能エネルギーの活用策、⑥国際経済論的な視点からみた自然資源経済論の位置づけ、⑦自然資源経済の担い手の育成策が整理されます。包括的な内容であり、すべてを紹介することは困難ですが、とくに注目した点を列挙します。

・国連をはじめ、世界的に農業の担い手として「小規模な家族経営」が注目されている。しかし、農水省の政策にはこの点がまったく反映されていない。(石田信隆「農業・農山村危機の実像とその背景」39ページ)

・コモンズ研究は、多様な主体による協働、すなわちガバナンスを重視する方向に舵を切ってきた。「協働管理」というコンセプトがあらわれ、行政だけでなく市民セクター(NGO、NPOなど)、地域コミュニティの3者の協力が重視されるようになっている(高柳友彦「人間と自然資源のかかわりを再構築するために」145-6ページ)

・人間の生活基盤となり、基本的人権と関わるような自然環境・社会的装置・社会制度をさす「社会的共通資本」の管理は、社会から信託された独立の専門家集団によって「フィデュシアリー(信託)の原則」(宇沢弘文)にもとづいて管理されなければならない(山下英俊「農山村地域からのエネルギー転換」257ページ)

・現在の世界経済を支えるには地球1.7個分が必要であり、すでに「オーバーシュート」状態である。また、世界中の人々が現在の日本人と同じ生活をしたとすれば、2.9個分もの地球が必要になる。しかし、貿易をつうじて外国から農産物や天然資源を輸入することで、先進国はバイオ・キャパシティを上回ることができる。こうした状態は貿易赤字になぞらえて「生態学的赤字」と呼ばれている(山川俊和「貿易と経済連携への新視角――東アジア地域との共生へ」266ページ)

・ハーマン・デイリーによれば、「貿易の導入当初は、経済の全面的な自給自足、つまりアウタルキーに比べて環境上の制約が緩和されるので、貿易を促進すれば、この制約を緩和しつづけることができるという幻想を生む」。したがって、「貿易理論のエコロジー的転換」が強く求められている(同上、273-4ページ)

私は、国際経済や国際経営を研究している立場ですので、以上のような点が印象的でしたが、地域コミュニティの現場にいる方ならもっと違った示唆を本書から得ることができるでしょうし、政策担当者であれば政策の幅を広げることができるはずです。日本の農政・農業を包括的に理解するうえでも便利な本です。


目次

まえがき 寺西俊一

序章 いま、なぜ自然資源経済論か 寺西俊一
1 自然生態系を基盤とした人間社会本来の経済的営み
2 日本の農業・農山村をめぐる《重層的な難局》
3 持続可能な農業・農山村をどう維持・保全していくか

I 歴史的な岐路に立つ農業・農山村
第1章 農業・農山村危機の実像とその背景 石田信隆
1 危機に瀕する農業と農山村社会
2 「農業・農協改革」で噴出する議論と対立
3 何が本当の問題なのか

第二章 これからの農業・農山村政策 石田信隆
1 自然資源経済論と農林水産業
2 戦後日本農政の概観と今後の課題
3 対外経済政策と農政
4 自然共生型農業の実現に向けた政策提言

第三章 人間と自然資源のかかわりを再構築するために 高柳友彦・寺林暁良
1 森林利用の歴史
2 自然資源をめぐる社会関係
3 農業・農山村の役割と機能の低下
4 再構築に向けた連携と社会再編

II 世界のなかの自然資源経済
第四章 条件不利な農業・農山村を支える仕組み──EUとオーストリア 藤井康平・石倉研
1 なぜオーストリアなのか──農地の64パーセントが条件不利地域
2 EUとオーストリアの農業・農山村政策
3 魅力的な地域づくりの事例

第五章 景観・文化の保全──かけがえのない価値を守る仕組み 藤谷岳・吉村武洋
1 いま、何が消えようとしているのか
2 「農村らしさ」に迫る危機
3 かけがえのない価値を守るのは誰か──イギリスの経験
4 日本の棚田景観を守り続けるために──白米千枚田の事例
5 危機からの脱却──担い手と費用負担

第六章 農山村地域からのエネルギー転換 山下英俊
1 自然資源経済とエネルギー
2 先駆的な地域再エネ事業――ドイツ・アグロクラフト社の取組み
3 日本におけるエネルギー転換の進捗状況
4 地域再エネ事業に対する支援政策
5 価値の制度化

第七章 貿易と経済連携への新視角――東アジア地域との共生へ 山川俊和
1 グローバルな自然資源経済をとらえる
2 有限な自然環境を前提にした貿易とは
3 日本の経済連携の進路を考える

終章 自然資源経済の担い手をどう支えていくか 寺西俊一
1 農業・農山村の担い手を広げる
2 担い手を支える制度──国民的な理解と合意の重要性
3 地域の《顔FACE》と《自治力》を高めていく時代へ

あとがき 寺西俊一


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